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それを理解した瞬間、心の中にぶわっと安堵が広がった。不安も恐怖も、すべて今度は愛しいというプラスの感情に様変わりする。自分でも単純だと呆れそうになるほど、そして、そのあまりまた泣いてしまいそうになるほどの、心からの嬉しさだった。
勝己がそこまで自分を愛してくれていると分かったからだ。
そしてつい、応利はその勢いで話してしまうことにした。話してしまったといっていい。
「…実はさ、勝己。俺、腹ん中に子供できちゃったんだ」
「………は?」
突然の応利の言葉に、勝己も、笑っていた司会も、ざわついていた観客も、すべてが鎮まる。何を言ってるんだ?という疑問符が目に見えるようだった。
「この前の、神奈川の性転換事件あっただろ。あれ解決した夜にさ、俺ら、その…」
「…まさかそんときか」
「……子宮だけ体内に残ってて、昨日、病院で発覚した」
勝己はまず、司会を見た。呆然とする顔を見て、今度はカメラマンたちを見た。番組スタッフは全員唖然としていた。
これがどっきりの類ではないことは、スタジオ全体の空気で丸わかりだった。
「……本当、なんか」
「俺今、本音言う個性かかってんじゃん。嘘つけない」
そう、まだ個性は継続されている。スタッフも頷いていた。つまり、勝己に対して嘘をつけない。それが何よりの証拠だった。
がばりと勝己は体を離し、応利の両肩を思い切り掴む。そして怖いくらい真剣な顔でこちらを見つめた。
「何か月だ」
「5週目くらいって言われたような…」
「…んでそんなこと早く言わねぇんだ!!??」
「うお、いや、今晩言うつもり…」
「こんっのアホ!!〜〜〜クソッ、心配やら喜びやら驚きやらでどう反応すりゃいいか分ッかんねぇわ!!」
怒鳴る勝己の声でようやく理解したらしい、観客がまずざわつき始め、司会が「えー…」とマイク片手に近寄る。
「ヒーロー・パスカル、それは本当のことなんですか…?」
「だからそう言って、っ、!?」
すると突然、勝己は応利を横抱きにして抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつで、思わずぽかんとする。
「病院行くぞ!」
「え、今から!?」
「てめぇと赤ん坊に何かあったらどうすんだアホ!安全確保しねぇと喜べねぇわ!病室確保したら喜び殺したるから覚悟しとけ応利どちゃくそ愛しとんぞゴラァ!!!!」
再びスタジオに悲鳴染みた歓声が響き渡る頃には、すでに勝己の超絶安定飛行によって2人はビルを出てタクシーに乗り込もうとしていたのだった。
***
翌日の日本は全国的にお祭り騒ぎだったと言っていい。
あの夜のうちに、高額納税者への道を突き進み始めていた勝己によって応利が診察を受けた病院に個室を用意し、そこに応利を非常に丁寧にぶち込んだ。
「いろいろ準備する」と言って勝己は一度帰宅し、そして翌日には、応利が個性事故で妊娠しているということが全国ニュースのトップを飾った。しかも番組で勝己が応利にとんでもない愛を述べたあとでもあったため、まるで感動的な出来事のように書いてくれていたが、こちらとしては恥ずかしいことこの上ない。
A組のメンバーを中心に様々な人々から確認の連絡が来るので、スマホの電源を切った。
朝食はどうしようか、と思っていると、勝己が朝もまだ早いのにやって来た。
「調子どうだ」
「特に変わりないけど…なんか、やらかしたわ」
「事前に俺に言わなかった罰だな。せいぜい恥ずかしがってろ」
勝己はそう言うと果物をサイドテーブルに置いた。すでに食事制限が始まっているようだ。応利としても空腹を感じた途端に胸がむかむかするような感じがしたのでありがたかった。
「…さっき医者から話聞いた。昨日、あんな泣いてた時点で変だとは思ってたけどよ…まさか妊娠してホルモンバランスが崩れたからとは思わねぇだろ」
「…ごめん」
「いや…もともと不安にさせてたのは俺だ。お前のメンタルも実力も強いことに甘えてた」
勝己に最初に話さなかったことを謝ると、珍しく勝己も自身の非を認めた。昨日からやたら素直に言葉にしてくれる。
そして、立ったままベッドの淵に座る応利を抱き締めた。硬い腹筋に顔を押し付けられるが、緩い抱擁なので苦しくはない。
「…悪かった。怖かっただろ、妊娠なんてしてよ。不安にさせちまった」
「勝己……素直すぎて気持ち悪い……」
「あぁ!?んだとこら」
あまりに素直なので逆にドン引きすると、勝己は途端に殊勝な態度を引っ込めて腹筋に力を籠め、そのまま抱き締める力も強くした。息ができなくなってもがくと、わりとすぐに離れる。
「チッ…てめぇこそ昨日の素直で可愛い態度見せてみろや」
「俺はもともと素直だろ」
「何言ってんだ」
自分でもそれはないと思う。昨日の一件で心が軽くなったため軽口を叩いたが、勝己は呆れる。
「子供に悪影響だろが。悪いことは悪いって認識させねぇとだろ」
「それお前が言うんだ…」
「るせぇ…」
ブーメランだ、と思うが、応利も親になるのなら色々と自省するべきところは出てくるだろう。それにしても、やはり勝己は一足先に親となることを覚悟しているようだった。そういうところは適わないな、と思っていると、後頭部に添えられた勝己の手が、少し力んだ。
「……ありがとな、応利」
「…ッ、おー……」
勝己はほとんど礼など言わない。謝罪だってそうだ。高校時代よりかなり丸くなったというのもあるが、きっと、子供のためということと、それだけ強い感情で言ってくれているということなのだろう。
それだけの喜びを見せてくれる勝己につられ、やっと、応利もお腹の中に宿る命を迎えられた奇跡への、喜びが不安を上回った。内心でありがとう、と言いながらまだ腹筋しか感じない腹を摩った。