つわり、となり


翌日から、才能マン勝己による完璧なまでの妊活が始まった。すでに妊娠しているので妊活とは呼ばないのかもしれないが、男の応利にはよく分からないことなのでとりあえずそう呼んでいる。

何につけてもできてしまう勝己は、医者も引くほど勉強して臨んでいる。キウイやバナナ、ミカン、たたみいわしなど葉酸を含む食品を持ってきてくれたり、応利の体調の変化に機敏に反応して先回りして看護師の仕事を奪っていた。
普通はまだ入院しない時期であるにも関わらず、応利を病院に入れているのも「大事を取ってってのもあるが、筋肉量落とさねぇと産みにくいからな」と医者より先に出産にかかる情報をもって行動した結果である。

おかげで、「めちゃくちゃ順調です」と医者がもはや困惑しながら経過報告するほどだった。勝己は当然と言わんばかりである。

そんな勝己は仕事の合間を縫って病院に来ており、パトロールコースを病院に合わせてちょくちょく来ていた。仕事中だろ、と言っても勝己の事務所なのだから自由が利く。切島たちも勝己がそうやって甲斐甲斐しくしているのを評価していて、むしろ彼らまで様子を見に来てくれる。
他にも、緑谷や轟などA組のメンバーが来てはそれぞれが調べてチョイスした妊娠グッズを置いて行った。

ちなみに轟は「母さんが選んだヤツだ。俺含めてたくさん産んだし参考になると思う」と言ってとんでもない量のグッズをくれた。過去を感じさせる轟に曖昧に笑って受け取ったのはいい思い出だ。


そうして環境自体は順調だし、体も問題はないが、やはり避けて通れないのがつわりである。
基本的には8週目からひどくなるといい、応利の場合も同じくらいから深刻化していった。
つわりも様々な種類があるが、応利の場合はずっと気持ち悪くなるタイプで、まったく食事がのどを通らなかった。吐いてしまうことも多く、汚してしまったものを看護師に片づけてもらうときの居た堪れなさは応利にはかなりきつかった。

水すら飲みたくないが、水だけは絶対に飲むよう言われているので、応利はしんどくても水だけ飲んでいる。

そしてつわりと同時にやってくるのは、精神の問題だ。感情の起伏への影響もつわりとともにひどくなるらしく、勝己に直接好意を伝えてもらったときに解決したと思っていたのは間違いだったと気付く。
特にそれは、症状が出ることで急に現実味を増した妊娠の事実への不安と、つわりによって迷惑をかけるという意識への後ろめたさ、単純につらいというしんどさなど、妊娠発覚直後など比較にならないほどのものだった。恐らくこちらが本番だ。

しかし、才能マン勝己がそれを知らないわけがなかった。


ある夜、勝己がやってきたとき、たまたま急な吐き気に洗面台へ行くのが間に合わず布団を汚し、それを看護師に片づけてもらった後のことだったため、応利の暗い表情が顕著だった。

すぐに気づいた勝己は、いつも通りベッドの端に移動した応利の隣に腰かける。いつもはどかりと座るのに、こちらに配慮して静かに座る。
そして、勝己は応利の肩をそっと自身の方へと抱き寄せた。


「つらいモンはつらいって言葉にすんのが一番いい。お前の愚痴なんざ屁でもねぇから好きなだけ言えや」


口は悪いが、それはとても優しさに溢れたものだった。応利は左側に感じる温もりに、ぽつりと言葉を漏らす。


「…もしもさ、この子を無事に産めなかったら、ごめ、」


しかしその言葉は勝己の手によって塞がれた。言えと言ったくせに止めたので横顔を見上げると、勝己は少し怒ったような、しかし優しい目をして、口を塞ぐ手をずらして応利の頭を撫でた。


「…12週までの流産は染色体異常によるモンだ。俺にも、お前にもどうしようもねぇ。それ以降だって、どうなるか分かんねぇし、それは誰のせいでもねぇ。どうにかできるほど、人は人を産むっつーことに関して力はねぇんだよ。それにお前は、もしもお前が生きて生まれてこれなかったとして、自分の両親を恨むんか」

「……恨まない」

「こいつも一緒だ」


勝己の低く穏やかな声は、応利の心に直接届いて、漠然とした不安に染みていく。


「そんで、もしもそうなっちまったら。悲しいときは、俺も一緒だ。俺とお前の子だろ。だから、2人で全部抱えんだ」

「か、つき……!」


こればかりはどうしようもない。命とは、それほどに儚く、それほどに奇跡に溢れているものなのだ。
2人の間にできた子供なのだから、悲しみも、喜びも、すべて2人で同じものを感じていく。その相手が勝己であることに、改めて、応利は幸せを感じずにはいられなかった。


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