優しさに繋げられて
応利の妊娠から、ついに10か月、出産予定日の前日に、勝己は大規模な敵の事件が発生して凶悪な顔になっていた。
東京の郊外で発生した敵の暴動は、幹線道路や高速、鉄道を巻き込んでほとんど都内の東西に伸びる交通手段に影響を及ぼし、経済的損失額が毎秒単位で増えていた。東京都からの緊急事態の要請につき、東京中からヒーローが集まることになり、勝己たちの事務所も総出で向かった。
応利の出産が近くてただでさえピリピリしている勝己の苛立ちは顔に出ており、その犯人面は敵が一瞬仲間だと錯覚するほどだった。
勝己はそんな敵たちを次々と地面に沈めていったが、どうやら最近この手の暴動がなかったためか鬱憤を貯めたヤツらが続々と近隣の県からもやってきており、次から次へと沸いてくる。
あちこちでコンビニや銀行のATMが襲撃され、人質がとられ、面倒な事案が増えていく。
それにヒーローたちが悩殺されていると、スマホがぶるりと震えた。まさか、と思って見てみると、応利からだった。
そんな勝己にいち早く気づいた切島が「出ろよ!」と急かす。周囲の敵への攻撃を始めた切島に一瞬だけ任せて電話に出ると、応利が呼吸を荒くしながら声を発する。
『今、大変なとこ悪い…来ちゃったわ、陣痛』
「あぁ!?なんでこんな日に…!」
『はは、こいつがある程度大きくなったらこれ見よがしに言ってやろ…うっ、はぁ、』
「おい、大丈夫なんか」
『おー、普通の陣痛らしいし…やっぱ、筋肉結構残ってっから、時間かかるかも…』
「…っ、」
明らかに苦しそうな声に、勝己は揺れる。
独立したプロヒーローとしての自負がある。こんな大変な現場を放っていくなど、ヒーローのプライドが許さない。
だが、最愛の存在が、同じくらい最愛の子供を今まさにこの世に生み落とそうとしている。その一番苦しいときにそばにいないことは、パートナーのプライドが許さない。
こうも迷うことは勝己にとってはそうない。そういうときには言葉を告げなくなるのだが、それは向こうもお見通しだったらしい。
『勝己…俺は、勝己の選択なら、どんなんでも構わない…俺もヒーローだから、分かる。俺は、確かに苦しいけど、病院で安全な環境にいる。そっちには、もしかしたら命の危機にある人がいるかもしれない。なぁ勝己、お前が、もし救える命がそこにあるなら、絶対、それは救けてやれよ』
「……わかっとるわ。無理はすんなよ」
『りょーかい、所長…あっ、ダーリンて呼んだ方がいい?いてて…』
「アホ、集中しろ。切るぞ、無理だけはするな」
『はいはい』
最後に軽く言ったのは、恐らく応利の優しさだ。勝己がここに残れるようにするための。
ビルが爆発する。窓ガラスが割れて道路に散らばっていく光景は、やはり放っておけるものではなかった。
「おい爆豪!応利、もしかして今日か!?」
「陣痛が始まったらしい」
「マジかよ…」
正直に告げると、切島もまた迷う表情になる。
応利の言う通り、ここにはまだ救けを求める人がいる。安全な場所にいて、そして自身もヒーローである応利を優先する理由は薄い。
そう分かっていても、勝己の心が、応利の顔を思い浮かべていた。ぐ、と籠手に隠して手を握りしめる。
するとそこへ、ギュインというとんでもない音とともに、勝己たちが立つ交差点に白いバンが入って来た。すごい速度だったようだ。離れたところにいた瀬呂や芦戸も驚いてそちらを見る。
「僕たちが来た!!!」