新生活
退院して帰宅し、勝己によって完全に赤ちゃんのための部屋と化したカラフルな内装にちょっと引いてから早くも数週間。
家中の壁の角にスポンジがつけられ、ベビーベッドの上には高そうなおもちゃが回転し、床の大半がカーペットで覆われている。米粉プラスチックで作られた玩具という口に入れても安全なものがすでに引き出しには仕舞われていた。ちなみに、幼児向け玩具は衛生面の事情から、食品衛生法の管轄下にあるというのは知られていない話である。
しばらくはほとんど寝ているだけで、4時間置きくらいで泣いたらおむつ替えやミルクという簡単な日々となる。その間に勝己は事務所での仕事を一時的に増やし、応利も筋トレを再開した。
出産機構の消失によって応利のホルモンバランスは成人男性のそれに戻っており、マタニティーブルーにはなっていない。まぁ、ここまで勝己によって迎撃態勢が備えられていればブルーになる暇もなさそうだが。
しかし気が張るのは確かで、初めてのことに応利も寝ているのを何度も確認してしまうし、きちんと呼吸しているか確かめてしまう。両家の母親も頻繁に来てくれているが、1人だけでいるとどうしても気になってしまうのだ。
大希がベビーベッドでぐっすりと寝ているのを凝視しながら腕立て伏せをするのも日課となった。
もう、たまに笑顔を浮かべる新生児微笑という生理反応は見せてくれていて、生物としての本能でしかないそれであっても、やはり安心する。そうした一喜一憂はしっかりと応利にもあった。
ある日、勝己が久しぶりに一日休みを取った。そろそろ生後2週という頃だろうか、まだ一日の大半を赤ちゃんが寝て過ごす時期の真っただ中だ。
「そろそろおむつ替えの実戦積まねぇと」と言って、今日は勝己がおむつ替えやミルクを担当する。実戦と言ってしまうのは雄英の性である。
「やっぱ、勝己がいるってだけで気の持ちようが違うもんだな」
手際よくおむつを替えてみせる勝己のテクニックを見ながら言うと、勝己はパッとこちらを振り向く。
「つらいんか」
「や、そこまでじゃねぇけど…こう、1人だとやたら心配になっちゃうっていうか」
「俺も1人ならそうなんな。そういうモンだろ」
勝己から肯定が返ってくると、それだけで安心してしまう。些細なことだが、きちんと共有することは重要だと思う。
おむつを替えたことで大希は泣きやみ、腕や足をひょこひょこと動かす。
応利はその横に体を横たえ、いつもの添い寝の姿勢になった。肘を床について頭を支え、一定のリズムで肩を指で撫でる。ここが一番大希の寝つきが速いポイントだと最近明らかになった。
すると、反対側に勝己も同じ姿勢になった。手で頭を支えて横向きになっている。腕を曲げているからか、上腕の筋肉が盛り上がっているのがシャツの形で分かった。早く筋肉量を戻したい、とそれを見て思う。
そうしているうちに、勝己も見てくれているという安心感からか、応利もうとうととしてきた。すでに寝付いた大希の安らかな顔もある。やがて、応利もあっという間に眠りについてしまった。
一方で、残された勝己はそれをぱしゃりとスマホに収める。実は今日の休みは、応利と大希の写真を撮ってベビー用品会社に送りCMで使わせるためでもあった。スタジオに行かせるつもりなど毛頭ない勝己は、メーカー側に写真出演という形を約束させていた。それでも毎週高級ベビーグッズを送ってくるあたり、応利たちの効果が絶大なのだろう。
「はぁ…聖母かよ……」
そんなため息交じりの頭の悪い呟きは、勝己自身しか知らない。少しCMに送ることを躊躇うが、大希の柔肌を包む最高級素材のおむつを見て、勝己は何とか画像をメーカーに送ったのだった。