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「…で?何が目的だ」


静かに切り出すと、敵はニヤリとする。


「ヒーローが人を殺すところが見たい。パスカル、近くにいるザコヒーローを殺せ」


翼の男が示したのは、先ほどの男女を含め公園から人々を逃がしていたヒーローたちだ。交戦する応利の様子から手に負えないと判断し、誘導に徹していたようだ。そのようなヒーローが1人、広場にいた。どうにか市民は逃げたようだが、そのヒーローはここから逃げられるほどの実力はないようである。


「できないなら、自分の子供を差し出せ。俺たちがお前の見ている目の前で殺してやるよ」

「…狂ってんな」


小さく応利は呟いた。人として無意識に守ろうとする倫理を完全に失っていた。何が彼らをそこまでにしてしまったのか分からないが、ときとして、こういう人間は生まれてしまう。前超常時代からそうだった。

狂った奴らのことだ、たとえ応利がヒーローの意識を失わせて殺したフリをしても、体を裂け、というような確実な手段を要求するはず。
何もしなくてもアナウンサーの顔を焼くだろうし、誤魔化すことはできない。


(戦うしか、ねぇよな)


ぐずっていた大希は泣きやんでこそいるが、まだぐずぐずとしている。声は聞こえないがその動きは抱っこしているため伝わった。この温もりだけが、応利の守るべきものではない。

応利はまず、近くで立ち竦むヒーローのところへ歩き出した。一歩、少しゆっくりと。同時に、個性を発動した。痛みに顔を顰めないようしながら、上空の大気を操作していく。
応利が近づくヒーローは、恐れて後ずさった。それでいい。これは時間稼ぎだ、急速に低気圧が発達する空で状況が整うまでの少しの時間だけが欲しかった。


「パスカル…!正気か…!?」


怯えるヒーローに、応利は敵から見えないように口パクで伝えた。「大丈夫」と。
応利の動きとその言葉から、何か企んでいることを察したそのヒーローは、果敢にもそれに乗ってくれた。


「その子が殺されるくらいなら…!俺は…!」


くっ、とヒーローは目を閉じて甘んじて受け入れるように立ちはだかった。これで逃げれば、追いかける余計な手間が生じる。応利が最大限動けるようにしてくれているようだ。それに感謝しつつじわじわと近づいて行った。そうするうちに空はどんどん暗くなったが、敵はまさか応利が天気をも変えるほどの個性を持っているとは思っていないようだ。
それもそのはず、応利がここまでの大技を発動することなどなかった。それほど追い詰められたことがなく、そしてこの技が都市部では御法度であるからだ。


(いたずらに女性が顔を焼かれるくらいなら、地区が一つなくなる方がマシだ)


温度が下がり、黒々と低く垂れこめる雲に向かって風が強くなり始める。竜巻でも起こりそうな天気だった。
そんな中、ついに応利はヒーローの真正面に至る。もう声は囁くようなものでも聞こえるだろう。準備は整い、あとはすべてを一瞬で行うだけだ。むずがる大希をなだめるように背中を撫でてやってから、腕を振りかざす。


「…カメラマンの方を頼む」


そう呟いた直後、応利は腕を振りかぶってヒーローを殴るように見せかけ、すぐに地面に叩きつけて触れさせた。
直後、応利は最大限の力を振り絞って、この広場全体が大気圧にかけて生じさせていた僅かな応力を引き上げた。大きな広場は端から端まで60メートルほどあるが、その半分が、突如として吹き飛んだ。盛り上がるように地面が膨れて、そして弾けたのだ。
応利もヒーローも、そして敵も人質のクルーも、地面が爆発四散したことで空中に投げ出される。

その途端に、目の前にいたヒーローは速やかに広場中央へ向かい、投げ出されたカメラマンをカメラとともにキャッチして離れる。応利もジャンプする際に足元の地面の応力を上げて爆発させることで空中へと飛び出し、落下するアナウンサーを抱えて離れた地面に着地した。
バラバラと土やレンガが降り注ぐ中、敵たちは30メートルほど離れたところに着地した。



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