帰る場所


あの激闘のあと、応利は簡単に病院で手当てを受けて翌日の昼には帰宅した。ダウンバーストによって2人のマンションも外壁やガラスに被害が出ていたが、さすがに高級マンションだけあってすでに修復されていた。

帰宅するのは1日ぶり、大希と勝己は先に帰っている。さほど久しぶりでもないはずなのに、玄関を潜って見慣れた廊下を見ると、なんだか懐かしさすら感じた。
平日昼間といえど警戒してつけていた変装用の帽子を外して靴箱の上に置いて、靴を脱ぎリビングへ。

中に入ると、床で大希がゴロゴロとしており、勝己はソファで仰向けになっていた。


「ただいま」

「ん」

「なんか久しぶり感すげーわ…」


応利はそう言いながら、ソファの勝己の上に覆い被さるようにうつ伏せになった。厚い胸板の上に頬をつけてぐったりと掛け布団のようになる。勝己は特に気にした様子もなく、乱雑に応利の頭を撫でた。


「……どう、報道は。やっぱ批判食らってっかな」

「いや、それがそうでもねぇ」


敵よりも被害を出したのは確かだ。家にいた勝己に聞いてみると、意外にもそんな答えだった。あまりそういう気を遣わないヤツだ、本当にそうなのだろう。

勝己は実際にテレビのチャンネルをワイドショーに変える。


『それにしても、パスカルにここまでの力があったとは!もともと強いヒーローでしたが、驚きですね』

『体育祭からプロに至るまで、天候すら操ったところは見せたことがありませんでした。改めて、その実力に恐れ入ります』


ワイドショーの批判好きなコメンテーターたちの手放しの賛辞に、思わずキョトンとしてしまった。


「お前が助けたアナウンサーいただろ。あいつのクルーが撮った映像で、全員を助けるためにああするしかなかったっつー世論になった」

「そう、なのか」

「……あぁ、あと」


勝己がニヤリとしたときだった。
テレビの画面が、スタジオから写真に切り替わる。


『この高橋アナウンサーが撮影した写真を見たネットの反応では、2人の信頼関係やパートナーとの深い愛や、ヒーローとして、親としての覚悟が見られると評価する声が上がっています』


それは、あのとき、勝己が指輪をくれたときのものだった。応利が大希を抱いて、勝己に抱き締められている光景だ。まったく撮られていることに気付かなかった。


「式の前にベストフォト持ってかれちまったなァ?」

「……見せびらかせて満足かこの野郎」

「くっそ満足だわ」


全世界に象徴的な写真を見せ付けることができてご満悦な勝己に、もはや諦めの溜息をつく。応利が病院にいる間に放映許可を出したのだろう。


「はぁ、もういいわ……ん、どした大希」


すると、勝己の上でうつ伏せに横になる応利の真似なのか、大希がソファによじ登ってきた。祖父母の家でも泣かないお留守番の達人だけあって応利の帰宅には大した反応を示さなかったが、どうやら2人だけでイチャイチャしているのは一丁前に疎外感を感じているらしい。

少し横にずれて大希を左隣に誘導すると、大希も勝己の胸板の上を這うように進んでうつ伏せになった。片方赤ちゃんとはいえ応利と2人分を乗せても落ちない勝己の体格の良さには、もうジェラシーも沸かない。

温もりと至近距離にある2人の顔に落ち着いたのか、昼寝の時間も近い大希は一瞬で大人しくなると、寝息を立て始めた。我が子の寝顔を見ると眠くなるのは皆同じなのだろうか。
応利も急速に睡魔を感じ、大希の小さな手に人差し指を差し込む。きゅ、と反射で握られた。

この小さな命を守ることができたのも、こうして指を包む温もりを感じられるのも、勝己が最後に助けてくれたからだ。


「……よかった、帰って来られて」

「何があっても俺が連れて帰る」


思わず呟くと、そんな言葉が落ちてきた。勝己の顔を見遣ると、真剣な瞳を赤く光らせ、応利の前髪をそっと梳いた。


「…ん。じゃあ、俺も勝己のこと、顔面引きずってでも連れて帰るわ」

「普通に連れて帰れや」

「はは、」


応利は軽く笑って、すり、と胸元に顔を寄せる。温かく、安心する匂いだ。目の前には最愛の子どもがいる。


「……幸せだよ、おれ」

「……、もっと幸せにし殺す」

「3人で一緒に、な」


病めるときも健やかなるときも、こうしてともに過ごせることこそが最も幸せなことなのだろう。
この幸せな場所が、死ぬまでずっと、応利の帰る場所なのだ。


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