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男はスキンヘッドをかきながら、片手で頬杖をついてガラス越しにこちらを見据える。
「怖いんでしょう。子供ができたことを、爆心地に伝えるのが」
「っ…!」
またも、図星だ。
思わず俯いた応利に、男は優しく声をかける。
「当たり前よ、あなたたちの関係には最初から組み込まれていなかった要素だもの。それに、妊娠したことでホルモンのバランスが変わっているから、あなたはいつもより感情がコントロールしにくくなっているはずよ。特にマイナスな方へ振れ幅が大きくなっている」
「……なんでそんな、」
まるで心を見透かしたように、医者にも言われた心理面での変化をも指摘される。なぜここまでこちらの機敏に鋭いのかと思って男を見ると、男は少し得意げにした。
「だってあたし、これでも新宿で姉さんと言われて久しいもの。迷う人間の目は腐るほど見て来たわ。それに…本気で恋する男の目もね」
少し楽しそうに言った男は、改めてこちらをしかと見つめる。
「爆心地はどうやら相当に頼りないというか、甲斐性のない男なのね」
「なっ…」
「だって、子供ができたことを真っ先に報告するのを躊躇うような男なんでしょう?」
「ちが、勝己はそんなヤツじゃ…!」
「あなたが言っているのはそういうことよ」
反駁する応利に、しかし男はトーンを変えずにはっきりと返した。その言葉に応利は言い返せなくなる。そう、信頼できていないのは応利の方だ。
―――分かっている。勝己は、きっと受け入れてくれる。
だが、応利は同時に勝己に否定されることも強く意識してしまうのだ。
雄英時代から、女性にちやほやされることを鬱陶しがっていた勝己は、人生の中に家庭というものを意識していなかった。その分、勝己の描く自分の将来像は自由にあふれていて、勝己はいつも、誰にも左右されない個を貫いていた。
だからだろう、子供というものが勝己の自由を奪う錨のように思えてしまうのだ。
同じプロヒーローを目指し、個性の関係で勝己と同等かそれ以上に戦える応利は、勝己にとって自身の自由を妨げる存在ではない。勝己が一緒にいたいと思ってくれた応利との生活には、子供はいないのだ。だから応利との関係は勝己にとって自由を損なうものではなかったはずだ。
「…あいつはなんだかんだ優しいヤツだから…きっと受け入れるだろうって思う、でも、それでも、あいつから自由を奪う子供という存在をともなう俺を、もしかしたら拒否するかもしれないって思う部分もあるんだ」
「まるで、あなたと付き合っている理由があなたが爆心地の邪魔をしないからってことに聞こえるわね」
「……、そういや、なんであいつ俺のこと好きなんだろ」
「やだ、それ聞いたことないの?」
「…もうかれこれ8年近く付き合ってるけど、ちゃんと聞いたことないかも」
交際を発表したときに、2人は詳しいことは話さなかった。ただ関係があること、いつから付き合っているのか、これからどうするかなどくらいで、それよりも2人はヒーローとしての活動に注目して欲しいと言った。それは紛うことなき本心で、駆け出しの2人はそういった色めかしい話で名前を有名にさせたくなかったのだ。
直接「どこが好き?」なんて聞くような性格ではない応利と、そんなことを言う性格ではない勝己との間では、自然とそういった会話は今までなかった。
「やっぱり甲斐性なしじゃない」
「…それは俺にも問題あるし」
「まあいいわ。とにかく、今あなたにかけた個性を延長するわね」
「頼む」
「終わったわ」
「マジか」
釈然としない延長を頼むと、すぐに終わった。どういう原理なのか。自在に長さを調節できるらしいので、これから1年間ほどは個性がかかるらしい。
とりあえずは今日はこれで用は済んだ。応利が立ち上がると、男は両腕で頬杖をついてこちらを見上げた。
「まぁでも、必要以上に不安がる必要はないわ。あなたたちのペースでいいんだし。それに…さっきも言ったけど、私は恋する男の目はよく知ってるの。テレビで見るたび、あなたと一緒にいる爆心地も同じ目をしてるわ」
最初は視界の暴力だと思った男のぶりっ子ポーズだが、今はそれよりも包み込むような優しさを感じる。男によって引き起こされたことだし、勝己への不安も男との会話ではっきりとしてしまったが、それをも男は軽くする。
「何より、お腹の子供を喜びなさいね。あなたを選んで、あなたの中に来てくれたのよ」
「……姉さん………」
思わず涙腺が緩む。
そうだ、確かに不安は募る一方だが、ここには命が宿っている。それがどんなに素敵で素晴らしいことか、応利はきちんと理解しないといけない。まだ妊娠そのものを信じられないような心持だが、早く、この子に会いたいと思えるようになりたい、そう思って応利は部屋を後にした。