此処にましませ 狐狗狸さん−4
「逃げるぞ!!」
音が収まる前に、焦凍がそう叫んだ。普段のマイペースさからは想像できない鋭い声だ。応利は上鳴と瀬呂を抱え起こすと、焦凍が空中に浮かせた机の足を掴む。
「上鳴!瀬呂!」
2人にも呼び掛けると、何も分かっていないながらも机の足を掴んだ。すぐに焦凍と勝己は、机とともに廊下の反対側へと駆けだした。あまりの速さに、3人の体は机とともに宙に浮き、廊下の景色が飛ぶように過ぎていく。
その後ろから、廊下の窓が次々と割れ始めた。鋭いガラスの割れる音が後からついてくる。
振り返ると、校舎の反対側に回り込んだ黒い影が、羽ばたきながら風圧で廊下の窓を次々と砕いていた。羽がある上に、かなりでかい。風圧によって天井が剥がれ、電線が落下して火花が散る。窓枠も歪み、風が吹き込んだ教室の扉は内側に吹き飛ばされて、机や椅子が大きく動く音も聞こえた。
すぐに廊下の端に着き、階段によって窓がなくなったことで、3人は床に着地した。動きを止めた焦凍と勝己はすぐに索敵を開始する。
「クソ、てめぇら何呼び出した!!」
勝己は思わず聞こえていない上鳴たちに叫んでいた。
「勝己!なんだあれ!?」
「ありゃ動物神の神使だ!!低級とはいえ神格だぞ!!」
「神使が堕ちてるとはな、道理で気配に気付けなかったわけだ。うまく隠しやがって、知能がある」
勝己は苛立ち、焦凍も冷静ながら表情を強張らせていた。2人のここまでの警戒は初めて見た。氏神である鋭児郎が堕ちたときは、亜空間が現れた。氏神より高位の動物神だった場合、その力は計り知れない。
「これ以上、校舎に被害出すわけには…」
「圧気!こ、これ何が起きてんだ!?」
「たかがコックリさんでこんなんあり得ねえだろ!?」
廊下の惨状に、ようやく事態を認識した上鳴と瀬呂は声を震わせて怯えていた。応利だってここまでの事態になるとは想定外だ。
「一緒にやった2人の中で霊感あったヤツは?」
「わ、分かんねえ、けど、やる前から麗日は具合悪そうだった。次の日には体調崩して休んで……」
上鳴が答えたのは、クラスメイトの女子だ。麗日にそんな霊感があったかどうかは分からない。だが考えられるのは、たまたまこの辺りにいた堕ちた神使が、コックリさんによる恐怖心と、そして霊感の強かった麗日の気配につられたということだ。
「体調不良で済んだのはそれくらいで十分だったからだ。でも今、霊力の太平洋状態の応利がいることに気付いて、本気で襲い掛かって来てんだろ」
焦凍の冷静な分析は応利の予想通りだった。もしかしたら、応利が関わらない方が良かったのかもしれない。しかし、もう起きてしまったことに変わりはない上に、昼間に応利の存在に気付いていたらこれが授業中に起きていたかもしれないのだ。
「……今は、あいつをどうにかすんのが先だ。勝己、『然』、2人を頼む」
「チッ……」
勝己は頷くと、上鳴と瀬呂の後ろ襟を引っ掴んだ。思い切り引っ張られる感覚に、2人は「おわぁあ!?」と声を上げる。
「味方だから心配すんな!勝己、屋上に!」
「あんま保たねえぞ!!」
勝己はそう言い捨てて、2人を引きずり階段を上っていった。目に見えないものに階段を引きずられる2人は思い切り悲鳴を上げていたが、今はそれどころではない。
「騒ぎを聞いて近所の人や警察が来る……あいつを閉じ込めて、敷地内に人が入って来れないようにしねえと」
「応利、」
「分かってるっつの!」
霊力が必要だ。応利はこんなときに、と内心思いつつも、焦凍に抱き着くようにして密着すると、唇を重ねた。唾液が必要なため、当然のように焦凍は舌をねじ込んでくる。
「ん……っ、」
ぞくりとした感覚が背筋を走り、力が抜かれる。久しぶりというか、初めて会ったとき以来だった。
足から力が抜けて思い切りもたれ掛かるが、焦凍は腰を支える。唇を離すと、そのまま応利は鎖骨に指先を当てた。
「はっ、……『結』」
焦凍の瞳が色違いに光ったかと思うと、結界が学校全体に掛けられた。これで堕ちた神使は出られず、人々も入って来れない。