木曜2限のヒューマニズム−3
日曜日、約束した通りに夏雄が家にやってきた。応利は普通のアパートで普通に一人暮らしをしていて、ここに来てからそう時間が経ったわけでもないため比較的片付いていた。というかモノが少ない。
実は応利は布団であったこともあり、ベッドがない分部屋は広く感じられる。
玄関を開けて、左手にトイレとシャワールーム、右手に小さなキッチンを見ながら廊下を進めば、単身者用の一般的な部屋に入る。真ん中にカーペットを敷いて、ガラスのローテーブルが左手の壁に接して鎮座する。正面の窓の外にあるベランダは南向きで、部屋の右手にはカラーボックスが重なり、教科書類の他には漫画が詰まっていた。
「お〜、片付いてんな〜」
「まだ揃ってないものとかあるしな」
「ベッドとか?」
「布団なんだよ」
ベッドが揃わないわけないだろう、と夏雄を軽く蹴る。さすがに分かっている夏雄は笑ってそれを受け止めて、持っていた袋を床に置く。
なんと昼飯を夏雄が作ってくれることになっていた。食材費は応利が出している。
「じゃあ早速作るかぁ。応利は待ってて」
「いや、作るとこ見せて。勉強する」
「自炊すんの?」
「食費やっぱ削りたいじゃん?」
「えー、学校こんな近いんだから交通費とかないだろ」
「冷静に服買う金ねぇ。夏服が…」
「あぁ…」
大学1年生のゆゆしき問題である。
料理を学ぶべく、応利は狭い廊下のキッチンでオムライスを作り始めた夏雄の後ろに立ってその手際を眺めた。
「つーか、そんな大したモンじゃなくね?」
「野菜切るとかそういうのはさすがに俺でもできんだよ。なんつかこう、味付けとかそういうテクニック的な部分な」
「なんだそれ」
オムライスの手際を見て勉強になるのかを訝しむ夏雄だったが、やはり動きに無駄がないし、味付けにも迷いがない。これは技術というより経験値と慣れか、と今更なことに気づいた。
チキンライスを作り終えた夏雄は、振り返ってこちらを見下ろし手招きする。そのまま近寄って、夏雄の肩に後ろから顎を乗せた。気にした様子もなく、夏雄はフライパンからチキンライスを一口分、スプーンに取って寄越してきた。味見だろう。
夏雄の肩に顎を乗せたままそのスプーンを口に含んでチキンライスを咀嚼すれば、好みの濃さが口に広がった。同じスプーンで自分も味見をした夏雄は「うーん」と声を出した。
「どした?」
「濃いかな?俺が作るとさ、姉ちゃんより濃くなるんだよな」
「そうかぁ?俺ら10代にはこんくらいがよくね。俺はちょうどいい」
「そっか。応利がいいならいいか」
そう言って笑った夏雄は少し嬉しそうだった。慣れている様子からしても、姉と二人でよく作っているということだろうか。エンデヴァーの妻が共働きとは考えづらく、夏雄の母親が作らないのだろうか、と疑問に感じた応利は、家族のことを話したくなさそうだった様子を思い出して薄々その家庭の空気感を察した。
普通の家庭に育った応利にはきっと分からない、複雑な何かがあったのかもしれない。
「…なぁ、卵のシーンまだ?」
「シーンて」
見たいアニメのシーンを待つようなノリに夏雄はくすくすと笑ってから卵を取り出す。邪魔にならないよう、体を離して様子を見守ることにした。チキンライスを素早く皿に移したあと、夏雄は卵をボウルに割り入れてかき混ぜる。そして一気にフライパンに広げた。
菜箸をテクニカルに動かしながらフライパンを傾け、火の強さとコンロとの距離を絶妙に調整しながら回していく。
「おお…プロみてぇ」
「んな大げさな」
そう言う夏雄だが、小刻みに料理人のようにフライパンを動かしてチキンライスの上に卵を乗せると、その見た目はまさにレストランのようだった。
「すっげぇ…!」
「姉ちゃんはもっとふっくらすんだけどなぁ」
「俺もやってみるわ」