木曜2限のヒューマニズム−5



「…だからさ!こうやって誰かと飯食うの、なんか久しぶりな感じするし、喜んでもらえて嬉しかったんだ」


夏雄は暗い話題はそこまでにしたかったのか、努めて明るい口調に戻した。まだ夏雄の中では、どこまで応利に話していいのか分からず踏ん切りがつかなかったようだ。恐らくこれで話のすべてではないだろうが、恐らく、話すことによってどんどん気分が暗い過去に引きずられていくことを怖がっている。感情が引きずられることを避けようと、自分で切り出した話題を自分で切り上げた。
応利はそれを無理矢理話させるつもりなど毛頭ない。


「…そっか。じゃ、毎日作りに来る?」

「時給による」

「即答すな」


応利は夏雄の背中を軽く叩いて突っ込んだ。すぐに空気は払拭されていつものものに戻った。笑い合って、応利は二人分の皿を持ってキッチンに向かう。


「皿洗ってるから漫画読んでていいよ」

「了解」


夏雄は特に遠慮せず、カラーボックスから漫画をあさり始める。でかい図体をカーペットでうつ伏せにして漫画を読む姿を見て、こっそりと息をついた。つい最近まで高校生だったのだ。応利も夏雄も、こうして意図的に空気を読んで変えてごまかさなければ、自分の感情もコントロールできなかった。
皿やフライパンなどを洗い終わり、応利はローテーブルの広い方に座って壁を正面にノートパソコンを開く。レポートがあるためで、応利のすぐ後ろでは夏雄がうつ伏せで漫画を読み続けている。思いのほか早く漫画に没頭しているようだ。
それにもまた安心して、応利は図書館で借りてきた本を両サイドに広げながら課題に勤しんだ。


それからしばらく、レポートが終わって保存すると、応利はのびをして後ろに倒れ込んだ。いつもの癖でカーペットに仰向けに横たわろうとしたのだが、「ぐえ」という潰れたような声がする。応利の背中はカーペットにつかず、固い背筋に阻まれた。
夏雄はひたすら漫画を読んでいたようで、その背中の上に倒れ込んでいたのだ。


「おい、俺はカーペットじゃないんだけど」

「そうだよな、もっといいカーペット買ったはずだし」

「安モン扱いかこら」


夏雄は笑って姿勢をわざと変えた。うつ伏せから横向きに変わり、高さができた上に少し体が離れたことで姿勢が苦しくなる。
仕方なく、今度は応利がうつ伏せになって夏雄の上から降りた。とは言っても、広くはない部屋のため、応利の頭は夏雄の腹筋に触れていた。脳天が硬い筋肉の感触を伝えてくるため、そちらに向かってぐりぐりと押しつけると、また「ぐえ」という声が降ってくる。
そして夏雄は、そんな応利の後頭部をそっと撫でた。労るような手つきに瞼が降りそうになる。


「…やべ、寝そう」

「寝ていいよ」

「そしたらお前帰れなくなるだろ」

「それなら泊まる」

「布団一つしかねぇし」

「俺は大丈夫」


一緒に寝てもいいとのたまう夏雄に、応利はむくりと起き上がって姿勢を変え、夏雄にぴたりとくっついて寄り添うように、床に投げ出された夏雄の右腕に頭を乗せた。腕枕による添い寝の姿勢である。


「いいの、こんなんなるぞ」

「いいよ」

「優しすぎね?」

「いや、だって…」


夏雄はそう言って応利の髪の毛を梳く。だって、とはなんだろうか。応利が至近距離で夏雄と目を合わせると、急に夏雄の顔が赤くなった。


「…ッ、や、やっぱなんでもない」

「?あっそ。つか顔あけーぞ」

「別になんでもないって」


なぜか焦ったようにする夏雄は口元を手の甲で覆った。なぜ恥ずかしそうにしているのか分からずにいた応利だったが、慌てて体を離して起き上がる夏雄の温もりが離れたことに、なぜか寂しさを感じてしまったのだった。


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