木曜2限のヒューマニズム−6


それから梅雨が来て期末試験があって、夏が来た。
変わらず夏雄とは毎週木曜の2限しか一緒に授業を受けなかったし、そのあとの昼休みを学食で過ごすだけの友人だった。休日は互いにバイトとなるためあまり合わず、たまに応利の家に夏雄が訪れることはあったが、微妙な距離感が続いていた。
夏雄の誕生日があった週の休みには奢ってやったりもしたものの、互いに他の交友関係の方が深いため、木曜2限以外で会うことはあまりなくなっていた。

なんとなく、夏雄が応利との距離を一定に保とうとしているような気がしていたのだが、理由が分からずにいる。避けるわけでもなく、普通にいろいろと込み入ったことも話すのだが、物理的な距離を詰めすぎないようにしているのだ。男同士のため、遠慮はないが近づきたいわけでもないのが普通で、応利は気にしていなかったが、気づいてしまうと考えてしまうこともあった。

世間は神野事件とオールマイトの引退に騒然としていたが、夏が過ぎるととともに日常を取り戻していき、どことなく、象徴の不在という漠然とした不安感が社会に徐々に蔓延っていくのを誰もが見ない振りをしながら季節は巡っていった。

そして秋、いつも通り木曜2限後に学食で食事をしていると、おもむろに夏雄は「そういえば」と改まった。


「俺、彼女できた」

「へぇ。同じ学部?」

「そ、実習一緒でさ」

「良かったじゃん」


大学生だ、彼女くらいできて当然だ。なのに、なぜか応利は内心で素直に喜べなかった。これで、いつも一緒に遊んでいるような仲ならまだしも、そもそも二人はこの時間しか一緒にいないのだ、特に時間が削られるわけでもない。
感情が表に出にくい性格で良かった、とそんなことまで思ってしまった。


「応利もモテるよな。彼女作んないの?」

「普通に忙しいしな、いなくても困らないし」

「まぁそれはあるよな」


モテないと嘆く男子が聞いたら怒りそうなことを会話している自覚はあるが、夏雄も応利もよく告白されるのは確かだった。自分にそんな魅力があるとは思っていないが、事実として声をかけられるのだ。


「彼女できたら報告しろよ」

「できたらな」


そんななんでもない会話をしながら、応利は秋の寒々しさが暖かいはずの食堂内にも忍び込んできたような感覚になった。


***


秋が深まった頃、エンデヴァーが重傷を負う事件があった。福岡で発生した改人・脳無とエンデヴァーの戦いによって、世間は初めて、この男のNo.1たる理由を見た。平和の象徴がいなくなったとそればかりだったメディアも、その勇姿を称えた。
そのあと辺りからだろうか、夏雄の沈みがちな表情が目につくようになった。周囲からは少し遠慮がちに心配されているようだったが、エンデヴァーが退院して活動を再開するとそれもなくなった。それでもなお、夏雄は思い詰めたような表情をしていたのだ。


「…夏雄さ、最近雰囲気暗いよな」

「え、マジか。ごめん」


学食の喧噪の中、やはり陰鬱な表情をしていた夏雄に、ついに応利から切り出した。夏雄は慌てて謝ったが、応利はため息をつく。


「別に謝ることじゃねぇだろ」

「うん…」

「…考えて解決することなら考えてりゃいい。でも誰かに頼る方が合理的なことだったら頼れよ」

「…ありがとな。でも、大丈夫」

「……大丈夫ならそれでいいけど」


正直なところ、夏雄は家族のことで悩んでいるのであろうことは、福岡での事件の後からこうなったことを考えれば自然な推測だと思う。脳天気とまではいかないが明るい性格の夏雄がここまで思い悩むのは、家族のことくらいだろう。
そうであるのなら、応利にできることなどほとんどない。家族の問題に首を突っ込むことは不適切だ。
夏雄が大丈夫と言って笑うのなら、応利には見守ることしかできなかった。たとえそれが下手くそな笑顔であっても、普通に笑えているという反応を示してやらねばならない。「いつも通り」とは大事なことだ。これで応利までいつもと違う態度をあからさまにしてしまえば、余計にストレスになってしまいかねなかった。

だから応利はそれ以上は何も言わずいつも通りに振る舞ったのだが、内心、夏雄のためにできることがない自分が堪らなく嫌になった。こんなこと、今まで感じたことはなかったのに、この週一でしか会わない友人にここまで強い感情を抱くことなどなかったのに、彼を助けられないことがどうしても、悔しかったのだ。


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