人の彼るな麗華−3
1924年7月、14歳になった応利は、暑い日差しの中で銀座から戻る蒸気自動車に乗っていた。
銀座へ母と買い物に来ていたのだが、本当の目的は復興の進む新たな帝都の姿を実際に見ることだった。
「応利様、あれが帝都蒸気動力中枢地区でございます」
「思ったより大きいね」
「薄汚いわ、京橋区からさほど離れていないところにあんなもの…」
運転席の使用人が窓の外に示すのは、帝都復興のシンボルともいえる巨大な施設だった。
今走っているのは京橋区、帝都の伝統的な地区であり、銀座などを擁する。
その東隣に位置するのが深川区で、この深川区の海沿いに高さ60メートルほどの巨大な建物が建てられていた。中央の黒々とした建物に、鉄のパイプが無数に張り巡らされ、壁面からは大量の煙突が伸びる。煙突からは黒い煤煙と白い蒸気が噴き出している。
その建物の周りにも巨大な煙突がいくつか立っており、それらの建物から隅田川の河口付近に向かって太いパイプがやはり大量に伸びていた。
市内に蒸気エンジンが無数にある状態だと、あの大震災で発生したような誘爆火災がまた起こり得るため、政府は動力源を一か所に集め、それを市内に送る形にしたのである。
水源は隅田川で、その水を使って蒸気を生み出し、タービンを回す。
そのエネルギーを伝えるため、中枢地区からは放射状に高さ30メートルほどの鉄橋が伸びている。鉄橋は幅が10メートル以上あり、その内側には巨大な歯車が回っている。中枢地区からの動力を歯車を伝って市内に送っているのだ。
歯車は一応、鉄橋の柱の間に渡された鉄骨によって覆われているが、丸見えであり、直径20メートルはあろうかという歯車やもっと小さな歯車、ピストン、タービンなどがぐるぐると回って動いているさまは圧巻であった。
鉄橋には定間隔で巨大な塔が設置されている。調圧塔と言って、遠距離になるうちに減っていくエネルギーを増やして加圧するものである。数キロごとに設置されている調圧塔も煙突をいくつも生やしており、不格好なそこからは白と黒の煙が立ち上る。
もともと町中から白い蒸気の煙が立ち上っている街並みではあるが、このような巨大な建築が空を切り裂いているのは、郊外の小石川区で育った応利には異様に見えた。
「鉄橋が通っていないのは、東京15区の中でも小石川区だけ、麹町区ですら北端を鉄橋が通ります。公爵家の半分が暮らしている街だけあって、免れたようです」
使用人は嫌そうに見ている母を気遣ってかそんなことを言ったが、レンガの洒落た街並みの向こうに巨大な歯車が回る鉄橋が聳える光景は、市民としてはやるせないものがあった。
***
本所区業平、そこに聳え立つ業平調圧塔は、稼働を始めてすぐに辺り一帯に煤塵を振りまく存在となった。
といっても、震災後にすべてが灰燼と帰したこの町において、帝都の都市計画で強引に工場が誘致された時点でそれは免れないことだった。
ここで生まれ育った勝己は、ここがどうなろうとここを離れることはできない。
かつては木造の住宅が密集していた本所の街並みは、震災によって火災ですべてが燃えてなくなり、勝己の家も、そして勝己の両親もまた、永遠に失われた。震災孤児など帝都が把握している数の実に倍はいたし、孤児はまとめて深川区と本所区に集められていたため、勝己はまったくもって特別な存在ではなかった。
帝都復興のシンボル、帝都蒸気動力中枢地区は、モダンな都市の動力源として華々しく稼働したが、その実大量の煤煙を出す施設だった。当然、深川区の南部一帯は人の住めない町となった。
そこから北に向かって、鉄橋に沿うようにして工場地帯が作られた。大規模火災が町全体に広がらないよう、やはり工場も集約され、深川区北部と本所区一帯にほぼすべての工場が誘致された。
その工場都市に孤児たちは集められ、一定の年齢になると働かされることになっていた。しかし、実際には多くの子供たちが法律を破って幼いうちから働かされていた。14歳の勝己も、労働法では働けないが、工場の男たちに働かされた。
そんな生活が嫌になった勝己は、工場を抜け出してスラム街にやってきた。
偶然にもスラム街と化していたのは生まれ育った業平で、調圧塔周辺という居住できない環境だからこそ違法に人々が住み着き、煤煙にまみれて暮らしていた。
なんでもやらせればできるタイプの勝己は、そこで捨てられた蒸気バイクを違法改造し、警察ではとても追いつけないようなスチームバイクにしてそれを乗り回した。縦横無尽に帝都の空を飛べる飛翔バイク。スラム街の孤児たちは当然勝己に従ったし、大人たちも一目置いていた。
帝都蒸気駆動飛翔機械条例などまったく無視した速度で本所区を暴れるうち、警察すら諦めるアウトローとなっていたのだ。
そうはいっても収入源など悪事に手を染めるほかなく、勝己は常に飢えていたし、その個性の強さから喧嘩も強く、フラストレーションがたまる一方だった。人生への閉そく感である。
そんな中、調子に乗って飛翔バイクを文字通り飛ばして、墨田川を超えて日本橋区に入ってしまった。川より西は、復興したモダン都市東京。いくら同じ東京といえど、ごろつきの集まる本所・深川と違って洗練された都会だったため、警察の追跡も本気だったのだ。
その結果バイクは墜落し、勝己は地上の路地裏で警察と乱闘をしてなんとか爆破の個性で勝ち凌いだものの、怪我を負って木造の住宅街の細道で倒れた。
このまま無様に死ぬのだと、勝己は諦観に満ちていた。
そこへ現れたのが、応利だったのだ。
京橋区から小石川区に向け環状線を走っていた車に乗っていたところ、途中の日本橋区の上空でデッドレースを繰り広げる勝己を見て、しかもそれが墜落してから乱闘する様も見て、応利は追いかけてきたのだという。
英国風の、上等な白シャツに深緑のスカーフタイ、茶色のベスト、紺のテーラードジャケットと同色のスラックス。一目で良いところのお坊ちゃんだと分かる出で立ちなのに、足元をドロドロに汚して息を切らしていた。
そして、追いついた警察に向かって、「この人は命の恩人だ」と言ったのである。毅然とした態度で、それは人を従える者の風格だった。
「圧気家嫡男、圧気応利の恩人に対する無礼は許さない。即刻通常任務に戻りなさい」
庶民の勝己ですら知っている華族の名家の名に、警察もすごすごと引き上げた。もちろん、2人はここで初めて会ったのだ。勝己の疑問符にあふれる目線に気づいたのだろう、応利は笑った。
「君、すごく強いみたいだったから。素の腕っぷしも、個性も。俺はね、俺だけに味方してくれる誰かが欲しいんだ。君さえ良ければ、俺の家で働かない?」
それは傲慢なようで、勝己に多くの選択肢を与えてくれるものだった。何より、人生を諦めていた勝己に対して、その力を認めて引き上げようという意思がはっきりと感じられた。
だから、勝己はその手を取った。