人の彼るな麗華−4


あれから1年、勝己は圧気家でひと悶着はあったものの、応利専属という形での執事職を認められた。
もとより才能マンとスラムで言わしめたその生まれつきの天才ぶりはここでもいかんなく発揮され、むしろ他の執事にはない護衛の仕事すらできるほどだった。

車が故障すればその場で直せるし、素手でも個性でも相手を圧倒できる。知識も豊富で、執事としてもきちんと仕事ができる。もはや死角などない。
だがそうなることができたのも、応利が正確に勝己の能力を評価して、必要なものを揃えてくれたからだった。

何より応利は、勝己と対等であることを望んだ。口調を改めようとした勝己に対して、2人のときであれば好きな口調でいいと言ったほどだ。やりたくないことは拒否しろと言ったし、やりたいことは申告しろとも言ってくれた。
その待遇は勝己も予想だにしていなかったほどで、応利の純粋な優しさをしだいに受け取れるようになっていた。

気付けば、人生を変えてくれた応利に対する恩義は応利に対する恋慕にまで進化し、互いに15歳となって、応利が1人で生きていく道を勝己に選択肢として与えくれたときに一蹴したほどだ。
「舐めんな、一生仕え殺したるわ」と告げたとき、応利は驚いて呆れたようにしつつも、目を潤ませていたのを覚えている。思わず抱き締めたら、おずおずと服を握り返してきたいじらしい可愛さもはっきりと記憶していた。

努力の末に家への在籍を勝ち取ったことも、今もなお養子としてどこかに出される可能性が高いことも知っている。そんな脆い立場で味方がいなかったからこそ、応利は勝己を求めたのだ。
なおさら一生守り通すと決めた勝己である。

そうして1925年の9月を迎えたわけだが、バルコニーに立っていたご主人様は相変わらず休んでも良かった、などと勝己を気遣う。震災から2年の節目であり、同時に勝己の両親の命日でもあるからだ。
だから気にするなというのを粗野な言い方で伝えたあと、やはりその優しさが愛おしくなって、応利の頬を撫でた。体が強くなったわけではないのに、こんなにも残暑の厳しい日差しの下に出るのは良くない。本人は大丈夫と言い張るが。

互いに15歳と同い年ではあるが、筋肉のついたしっかりとした体躯の勝己に対して応利は細く、金持ちらしい体格だ。それでも同年代の金持ちの坊ちゃまたちよりしっかりとしている方だが。
そこで、勝己は先ほど当主に言われたことを伝えなければならないのを思い出してげんなりとした。思わず当主に怒鳴りたくなったのを押さえた自分を褒めたい。


「…応利、当主様が、お前の養子先の筆頭候補を伝えてきた」

「そんな気はしてた。で?どうせ轟家でしょ」

「チッ、正解だわくそが」


聡明な応利はぴたりと当ててきた。勝己はそんな応利をつい抱き締める。肩口に応利の顎がきて、吐息が僅かにあたる感覚がする。


「この前のパーティーで相当仲良いところ見せちゃったしなぁ、コーチシナ共和国で展開し始めた事業も好調だって話だし」

「フランスに潰されちまえばいいのによ。いけすかねぇんだよ」

「あそこは代々パリに留学してるからね、かの共和国の財界とは縁があるんだよ」

「ますますいけすかねぇ」


勝己が相当苦虫を噛みつぶしたような顔をしているからだろう、応利は苦笑する。

応利は、帝国學院の学友である轟焦凍と仲が良い。轟家は侯爵の家で、当主は常に公爵へ上がろうとしているがなかなか実現できず、息子の焦凍にそれを託そうと焦凍に様々課してきたらしい。
個性婚だったという噂もあることから、焦凍は並々ならぬ恨みを父親に対して持っているようで、それを癒したのが応利だという。その2人の仲の良さはパーティーで控えていた勝己も知っており、同じく見ていた当主も知った。
ちょうど轟家は、フランス共和国が解放した植民地、東南アジアのベトナム帝国、ラオス王国、カンボジア王国、そしてコーチシナ共和国への投資を行っており、特にコーチシナ共和国での天然ゴム事業はかなり儲けているという。

家の将来性があり、子息どうし仲も良いとなれば、養子入りさせる見返りも期待できるというもの。おそらくこの方向で話は固まるだろう。
勝己は、自分と同じ目を向ける轟焦凍が嫌いで仕方なかった。


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