人の彼るな麗華−6
会食が終わると、いよいよ本題に入る。
夫人は女性使用人を連れてサロンに入り、音楽とともに午後のティータイムを楽しむ。ただそれは互いの家の内情視察でもあり、探る様に家の事情を見定める役割を持っていた。
男たちはそれぞれの腹心の使用人1人だけをともなって、応接室で本題を議論する。もちろん、応利を養子に出す代わりに轟家に影響を与える取引だ。
そして、子供である応利と焦凍はそんな大人たちの道具として扱われながらも、本人たちはいたって普通に久方ぶりの会話を楽しむことになる。
庭園に出て、四阿に入ってそこでティーセットとともにただ会話する時間である。ここから、単独行動になるため勝己が側に控えることになった。ボロが出やすい子供の会話が両家の重要な使用人の耳に入らないようにするためでもあり、当主が許可したのだ。
庭園中央の噴水から流れる小さな川が、四阿を囲むようにして流れる。そのせせらぎと、庭園の花の香り、9月の残暑の爽やかな風が吹く心地よさは、四阿を自慢にする当主の気持ちも分かるというものだった。
勝己がつつがなく紅茶を淹れて2人の前に置くと、しかしさっそく、この居心地の良い空間を裂くように焦凍が少し剣呑な声を出した。
「ありがとう、もう下がったらどうだ。嫡男どうしの会話の場に残るのは無粋だぞ」
「お言葉ですが轟様、私は当主様よりここに控えるよう仰せつかっておりますので」
焦凍が勝己にそう言うと、勝己は笑顔で答えた。目は笑っていない。副音声で「っるせえ死ね」と応利には聞こえていた。
「おい応利、使用人は選んだ方がいい」
「それ以上は旦那様のご判断への注文と取られますよ轟様。公爵たる旦那様への」
焦凍は今度は応利に言ったが、やはり勝己が返す。副音声は「格下の家がケチ付けてんじゃねぇよ殺すぞ」といったところか。焦凍は舌打ちをすると、それ以上はやめた。事実、勝己をここに置いているのは父の判断だ、あまり口を出さない方が良い。
「それにしても、あのクソ親父には辟易としてるが、応利が家に来ると思うと血縁は認めてやってもいい気になるな」
「まだ決まってないけどな」
焦凍はそう恍惚とすると、応利の手を取った。白い応利の手を取る焦凍の手は、着物の袖から覗く部分から見えるところは少し焼けていて、先日コーチシナ共和国の首都サイゴンを視察したせいだろうと察する。
焦凍は金持ちにしては体格が良く、勝己より少し背が高くて、筋肉質な体つきをしていた。南国での事業に向けて鍛えたと言っていた。
そして焦凍は、応利の手に恭しく口づけようとした。しかしそれは勝己に防がれる。勝己が応利の腕を掴んでそれ以上焦凍に近づけなかったからだ。
「…何のつもりだ」
「ご主人様の貞操に危険を感じまして」
「あ?段階は踏むに決まってんだろ挨拶だ」
「ここは日本です、そのような挨拶方法はないと存じております」
さりげなく勝己は応利の肩を抱き寄せており、焦凍から距離と取らせている。焦凍は応利の腕を掴んだままだが、ついに勝己を思い切り睨みつけた。
「無礼が過ぎるぞ」
「親しき中にも礼儀ありでは?」
「いつか俺は応利を娶るからいんだよ」
「日本では不可能ですが」
「バカめ、俺は応利を連れてコーチシナ共和国で暮らす。すでにフランス連邦加盟国は同性婚が可能になった」
「なあそれ後どれくらい続く?紅茶冷めそう」
淡々と低い声でけん制し合う2人に挟まれてげんなりとする応利は、2人を引き離してカップを手に取る。応利中心の2人は仕方なくそこで舌戦を終えたが、バチバチと見えない火花を散らしていた。