人の彼るな麗華−7
一定時間が経つと、さすがに勝己も2人を2人だけにしなければならなくなるため、けん制し合う状態は長くは続かなかった。
勝己は屋敷に戻り、四阿は2人だけになる。ここから両親の会話が終わるまで待たなくてはならない。一応勝己を意識して無難な学校の会話しかしなかった焦凍も、ようやく息が付けるとばかりに背もたれにもたれる。
「ったく、あんなゴロツキ、なんで拾ったんだ」
「…はは、」
焦凍の言葉に曖昧に笑って返すと、焦凍は真面目な表情になった。
「…いや、わりぃ、分かってる。応利だけの味方が欲しかったんだろ。本当は、応利の立場も、応利の気持ちも、あいつを大事に思うのも分かるんだ。でも、俺の方が先にお前のこと見つけたのにっていう風にも思っちまうんだ」
焦凍は優しい。養子に出される応利の立場が屋敷の中で高くないことは分かっていて、その中で応利が心の安寧を求めて勝己を雇ったことも察していた。
「謝ることはないよ、焦凍も十分優しくしてくれるし」
「元は応利が俺のこと救ってくれたんだろ。親父への憎悪にまみれていた俺を、明るいところに引き上げてくれた」
「そんな大層な…」
「大層なことだったんだ、俺には」
焦凍はそう言うと、そっと応利を抱きしめた。着物越しに体温がよく伝わってくる。体の半分が冷たいのは不思議な感じがするが、それが焦凍らしいとも思う。
帝国學院で学友となった焦凍と応利、当初は2人とも他の華族から利権目当てに言い寄られる日々に辟易としていた。かといって、焦凍は同じ階級の子息たちからは疎まれていた。炎司が露骨に公爵へ登ろうとしているため、近寄りがたく思われていたのだ。
もちろん、公爵階級からも同様だ。
同じ学年では最高位だった応利は常に人が近くにいる状態だったが、そんな焦凍が少し心配だった。その目が、あまりに強く憎しみと深い悲しみを抱いているようだったからだ。
公侯爵は同じクラスになるため、応利は焦凍と接点を持った。最初話しかけたときは、圧気家の嫡男だけあって焦凍も身構えていたが、何年も同じクラスで居続けるうちに、しだいに気兼ねなく話せるようになっていった。
決定的だったのは、2人が無断で学内で個性を使って遊んだときだった。
炎と氷の個性である焦凍、圧力を操れる応利、2人で力を合わせれば蒸気社会の申し子のようなものだ。そう思い、校舎裏で焦凍が氷を炎で溶かして蒸発させ、その蒸気を応利が圧縮していたら、気が緩んだ隙に蒸気が一気に噴き出して近くの窓ガラスが割れてしまった。
しかも、その反動で2人そろって地面に倒れる始末。
やって来た先生に、「あの窓は自然と割れました。危ないですね」と笑顔で圧をかけてやれば、家柄の強さから先生は何も言わずにそれで片づけた。
少し悪いことをしたその共犯の感覚がなぜかおかしくて、2人はしばらく笑い転げてしまったほどだ。
その一件など日常の様々なことの積み重ねで、焦凍は応利が暗い日常に光を指してくれたと思うようになったそうだ。
「応利と同じ代に生まれてこれただけでも奇跡なのに、もしも一緒に暮らすことができたら、これ以上の幸福はねぇよ」
焦凍の肩に顔を押し付けられるようにして抱き締められ、耳元で低い声が少し震えて響く。おとなしくそれを受け入れた応利は、そんな自覚はなかったが、焦凍が結果的に明るくなれて良かったと思っている。だから、轟家へ養子に出されるのは、応利としても悪いこととは感じられなかった。
「…でも、勝己は連れてくよ」
「…俺が絶対味方なのに?」
「俺はすべてを捨てる覚悟ですので」
拗ねたように言った焦凍に返したのは、やはり勝己だった。いつの間にか近くに来ていたらしい。
「…んだよ」
「距離が近いように見受けられましたので、応利様の貞操を守るべく参上しました」
「俺だって何もかも捨ててでも応利を…」
「元から何もない俺とあなた様とでは、捨てて良いものが遥かに違います。あなたが捨てるものは、あなただけに影響するものではないはずですよ」
「…うるせぇな、知ったような口きくんじゃねぇ」
本気で苛立ったように言う焦凍に、勝己は勝ち誇ったように口元を吊り上げた。確かに現状は勝己の言う通りだ。だが、焦凍も才能にあふれている。その気になれば、焦凍とてすべてを滞りなく放り投げて応利を養うことくらいやりそうだと思った。
それにしても、なぜ2人は応利をそんなにも養う気でいるのだろう、と、2人よりはるかに稼げる個性の応利は内心でこっそりと思うのだった。