此処にましませ−2


紅葉した葉がヒラヒラと落ちる中、男はひょいっと地面に降りてくる。ふわりとした着地は、まさに人にはできない軽やかさだった。何よりも、7本の尻尾が揺れているのが人ではない。


「俺のことは焦凍と呼んでくれ」

「焦凍、様?」

「そういうのはいらねぇ。敬語もなくていい。普通に接してくれりゃいいぞ」

「そ、そういうもん?」

「今時の形っつーもんがあるからな」


なかなかフレキシブルな考えの持ち主である。
それにしても、と応利はやっと冷静に現実を受け止め始めた。

白狐とは、神格化された狐のことで、稲荷神の神使(しんし)である。神使は神ごとに眷族として従う動物のことで、伏見稲荷大社が総本山である稲荷神の神使が白狐だ。
白狐の尻尾は力や生きて来た年月によって増えていくとされる。最大が9本で、焦凍の場合は七尾、かなり高位だ。


「…で、焦凍はいったい何で俺の前に姿現したわけ?」

「順応速いな。まぁ、本題に入るか」


焦凍は頷くと、一歩こちらに近づいた。思わず一歩後ずさってしまうと、少し不満そうにしながら話し始めた。


「お前の父親、今病にあるだろ」

「…そうだけど」

「今晩にも死ぬぞ」

「……えっ、」

「このままだと、な」


頭を殴られたかのような衝撃だった。確かに父の容体はあまり芳しくないと医師にも言われていて、その不安が今日はずっと応利の中にあったからだ。


「このままだと、っていうのは…」

「俺と契約し続けるとってことだ。お前の父親は、今俺と契約している状態だ。それはあいつから力をずっと奪い続けているのと同じことになる。もうあいつは俺との契約に耐えられる年齢じゃねぇんだ」

「それはつまり、俺に対して契約の更新をしろってこと?」

「話が早くて助かる」


現在の神主である父は、どうやらこの神使である焦凍との契約をしているらしい。それが続く限り、限界が来ている父の体は弱くなり続け、このままだと今晩にも死に至る。


「契約する理由は?神使が人とそんなことするなんて聞いたことない」


これでも神主の息子、そのような話はほかの神主からも聞いたことがなかった。というか、現代になって神の存在など信じない者がほとんどで、たとえ神主と言えど、その信仰に対するスタンスの温度差は正直人によってかなりあるのだ。
つまり、存在を信じていない者すらいる。

信じていても、神使が人の前に姿を現したこと自体、話として聞いたことがなかった。
それでも今応利が焦凍の存在を認めているのは、やはり神主の息子として、焦凍が人でないと全身が訴えているからだった。


「そりゃ、俺が個人的にやっていることだしな。つか、俺だって契約はお前の父親が初めてだ」

「…なんで、そんな……」

「お前を手に入れるため」


なぜこんなしがない神社に、と思ったところへ、焦凍がニヤリとした。
そして、先ほどは離れてしまった距離を突然詰めて来たのだ。驚いてさらに後ろに下がるが、そこには灯篭があり、背中が冷たい石に触れて止まる。
焦凍はふわりと目の前にやってくるなり、その左手を背後の灯篭につき、右手で応利の頬を撫でた。いきなり距離がゼロになって、焦凍の体が触れたことで、応利は驚きで目を見張る。


「な、に……」

「確かにここはそう大きな神社じゃねぇ。でも、俺たちの世界では最近話題なんだよ」

「話題…?」

「神主の家に、とんでもない霊力を持った子供が生まれたってな」


それが指す人物が自分であることはすぐに分かった。手に入れる、というのがどういうことかも。


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