此処にましませ 堕ちた神−2


勝己は、ちびっこ2人の相手をして、焦凍の天然さにツッコミを入れるのを楽しそうにする応利を見て、呆れつつも内心ではホッとしていた。
おくびにも出さずにいるが、かれこれ十年近く見て来た勝己としては、笑っている応利の顔をこんなにもたくさん見ることができて、感慨深いものがあるのだ。


「おい応利、はよ神主代理の仕事してこい」

「あ、やべ、そうじゃん…手伝ってくれる人〜」

「はーい」

「仕方ないな…」


応利の呼びかけには案の定エリと洸汰が答え、3人は住宅を出て境内に向かった。焦凍はついていくことにしたようで、そのあとに続いた。勝己はそれを見送ると、ひとつ息をつく。

呼びかければ、答える。そんな当たり前のことが当たり前でなかったのは、つい最近のことだ。


思い出すのは、契約前、まだ応利が霊など見えなかった頃だ。

幼い頃は、応利も勝己のことが見えていた。勝己はこの神社の主神の神使であることもあって力が強く、小さい子供であれば見ることができた。といっても、それは霊力を高められる神社の中だけでのことだった。

応利が幼い頃から両親は不仲で、母親は応利のことを愛してはいたものの、不自由な神社での暮らしに辟易としていた。それを承知で結婚していたにも関わらずだ。
父親の方も、事前に言っただろうと妻の主張に耳を貸さず、それも良くない原因であったと部外者の勝己は思っている。

しかし一番の被害者は応利だった。

喧嘩ばかりの両親のいる家を離れ、境内でひとり、丘の麓に広がる住宅街を眺めていた。
応利の父親はもともと神社の外で生まれ育ったこともあり、勝己は小さな子供は久しぶりだった。そのため、子供は霊力さえ強ければ姿を見ることができるのだと失念していたのだ。

うっかり応利に姿を見られた勝己は、いつの間にか応利の話し相手になっていた。「こちらの世界」で有名な莫大な霊力を持つ応利とはいえ、まだ子供。ただただ、家に居場所がないことを寂しそうにしていた。

そのうえ、神社の子供で、家庭環境から引っ込み思案だった応利は、あまり友人がおらず学校でも1人だったらしい。
小学校低学年の頃までは、見ることができた勝己だけが応利にとって心を許せる存在だったようだ。

本堂の賽銭箱の後ろ、木組みの階段に腰かける勝己に抱き付いて、たまに泣いて、基本は黙っている小さな子供が、勝己の目にする応利の姿だった。
なんで俺がこんなこと、と思う勝己ではあったが、何年かずっと応利の相手をしていたこともあり、少しは情も移るというもので。ただ、この子供が幸せになればいいと思っていた。


やがて応利も成長すると勝己のことは見えなくなった。
最初は逢魔が時にしか見えなくなり、だんだんと勝己の声だけになり、最後にはまったく応利は勝己を知覚できなくなった。

稲荷の社に繋がる細い参道、鳥居が数メートル置きに階段の道に立っているところで、鳥居と鳥居の間に立つ古びた灯篭に寄りかかって応利が過ごす時間が長くなった。
そこからは木々の間に眼下の街並みを眺めることができ、応利は1人でそこに座ってぼう、としていることが多かった。


「聞こえるか、応利」

「無視するたぁいい度胸じゃねぇか」

「…また泣いてんのか」

「泣けよ、なんで泣かねぇんだ」

「愚痴って、泣いて、寝て、それでいいだろが。何言ったって俺が聞いてやるんだ感謝しやがれ」


勝己がその後ろ姿にどんな声をかけても、応利は振り返らない。声を返さない。
鼻を啜る音も、目元を拭う腕の動きもない。

また泣けばいい。寂しさを訴えればいい。本堂の階段でやっていたように、勝己が聞いてやれる。
応利が悪いわけではないと、勝己なりに精一杯の言葉で慰めてやれる。

だから、気づけ。そう思っても、勝己の心を伝える手段は何一つとして存在しなかった。なぜなら、応利の見えている世界に勝己が存在しないからだ。
応利にとっては置いて行かれたようだったかもしれない。母親のように、応利のことを置いて出て行ったように見えたかもしれない。

本当は、いつでも一番近いところにいたのだ。


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