此処にましませ 堕ちた神−4
応利はまず状況を確認しようと、ホームの中を少し歩くことにした。
勝己たちを呼ぶことはもちろん頭の中にあるが、まずは自分でできることをするべきだと思った。ブレザーの袖を無意識に握りしめながら、まずは人工的な自動販売機へ向かう。こちらに対して背を向けるようにして立っていて、陳列されているものは分からない。
恐る恐る歩いて近づき、自販機の前へと回り込む。
「っ!!」
応利はすぐに目を逸らした。
見間違いでなければ、自販機のボタンがすべて、目になっていた。視線を合わせるのはまずい気がして咄嗟に線路の方に視線を向けたが、明らかに、「視線を感じる」のである。商品を選ぶボタンすべてが目玉となり、こちらを見ているに違いない。
応利はそこを離れると、今度は階段の方へ向かった。恐らく改札があるのだろう、上へ伸びる階段がホーム中央に佇んでいた。
階段には明かりがついていないようで、ホームの照明に照らされているだけだった。
階段の一番下まで行って、そっと上を見上げる。上へ行くほど暗くなっていくのを少しずつ目線を上げていく。
そして一番上を見たとき、息が止まった。
壁から顔だけを出して、こちらを覗き見る顔が一つだけあった。頭だけが出ていて、体は見えない。髪の毛は暗くて見えず男女の見分けはつかないが、ただ、こちらを見つめる生気のない表情だけが青白く暗がりに浮かんでいた。
反射的に目線を逸らしてしまったが、完全に目を合わせてしまった以上、それは良くないかもしれない。
再び階段の上へと視線を向けると、今度は上半身だけを壁から覗かせていた。顔だけだったのが、腰から上になっている。
「…これ…近づくやつじゃん…」
やってしまった。
どうしようと、と思った瞬間、首筋にぞっとするような視線を感じた。耐えられずに振り返ると、なんと自動販売機がこちら側を向いていた。さっきまでまったく反対側が正面であったにも関わらずである。
そのボタンの目が、すべてこちらを見つめている。
「なっ…!」
そして、今度はまた目を逸らしてしまったことに気づき、慌てて階段に目を戻す。するとそこには、階段の中ほどに棒立ちになる男の姿があった。しかし、異様に足と胴体が長い。縮尺のおかしい男が、無表情でこちらを見つめながら、階段の真ん中に立ち尽くす。
逃げるしかない、応利は階段の前からホームの端へ行こうと走り出す。
だが直後、階段の横に出た瞬間、目の前に聳える自動販売機に足が止まった。一瞬にして、階段の横の応利の正面に移動していたのだ。じ、とこちらを見つめる無数の目。
さらに後ろから気配を感じてバッと振り向くと、先ほどの男が真後ろに立っていた。2メートル以上はあり、その胴体と足の長さが人間のものではない。
見下ろされる威圧感に思わず後ずさる。
その次の瞬間、背後にある自販機から、突如として無数の手が伸びて来た。
取り出し口から出てくるのは真っ黒な手だ。その手は立体感がなく、まるで空中に絵を描いたかのように平面的だった。
その真っ黒な影のような手は、無数に応利の体を這うようにして拘束してきた。
「わっ、!?な、クソ、」
手から逃れようとするも、正面からは男が近づく。その、やはり異様に長い腕がこちらに伸びてくる。
応利の力を求めて人外たちが狙ってくる、という焦凍の言葉を思い出す。つまり、応利はここで、こいつらに。
「っ、大口真神が神使、此処にましませ主のまにまに!!」
もう耐えられなかった。恐怖がピークに達した応利は、咄嗟に左側の紋章に手を当てて唱えた。
すると、ポン、という音とともに煙が上がり、すぐ近くに見慣れた尻尾が見えた。
「…あ?んだここ、」
そしてその低い声が聞こえた瞬間、応利は安堵のあまり、思わず目からぽろりと涙がこぼれた。
「っ、勝己!」
「は……なっ、おい何してんだクソが!!応利!!」
名前を叫ばれる。それが意味するところを理解して、応利は再び模様に手を当てる。
「『滅』!!」
勝己はそれを聞くなり、手から男と自販機に向けて爆破を放った。爆音とともに両者は吹き飛び、煙が晴れると何事もなかったかのように消し去られていた。あっけないほどの終わりだった。