此処にましませ 堕ちた神−6
「にしても、なんだこの胸糞わりぃ場所は」
少しして、ようやく勝己と離れた。そろそろここから出たいところだ。
勝己はあたりを見渡しながら顔をしかめる。
「分からない、電車に乗ってたらいつの間にか…」
「ここに着いたんか」
「そう。そのまま乗ってたら良くない気がして…」
「……正解だな。そのまま乗ってたらあの世行きだ」
「げぇ…」
電車を降りるか降りないか、なんて程度の選択に自身の生命がかかっていたのかと思うとぞっとする。
「ここはかなり霊力の強いヤツが作った亜空間だな。時間の流れが存在しねぇ」
「なにそれ……具体的にどんなヤツ?」
「…こりゃ、神が堕ちたか、堕ちかけてんな」
「神様が…」
思ったよりも遥かに大きな事態だ。一つ空間を築くほどと考えれば納得ではある。
「おい、お前が乗ってた電車の、最後に意識がある頃に見た辺りで、変わったことはねぇか。考えられんのは、氏神が堕ちたケースだ」
「氏神が…?」
氏神とは、その神社がある地域の神である。氏神に日頃挨拶をしておかないと、たとえ神宮へ初詣に行っても、天満宮で受験を祈っても、聞き届けてもらえない。氏神はその地域の住民の願いを届ける仕事をするためだ。
引っ越したらその地域の氏神に挨拶をする必要がある。応利の神社には氏神はおらず、丘の麓の小さな別の神社に祭られている。
「あの路線沿線で変わったこと…」
そしてその氏神が堕ちるような何かがあったかどうか。応利は考えを巡らすが、ふと、最近のニュースと合わせて思い出す。
「あ…政権交代で工事が止まってた四つ葉ダムが再開されて、ついに水没する地区の住民全員の転居が終わったってニュースでやってた。それ、俺が最後に見た駅が最寄だ」
「その水没する地区の氏神の可能性が高いな。こういうのは、同業者を呼ぶのが一番だ」
「同業者?」
「呼ぶんだよ、氏神」
「は…?」
勝己はそう言うと、ホームの床に指を当てた。その指先が光ると、それで地面に何かを描き始める。
「卍だ」
「あぁ。ここに血ぃ垂らせ」
「…本当に呼び出すんだ」
呼ぶ、ということが指すものは応利にも理解できた。これから、同じ氏神を呼び出して話を聞くつもりだ。神を呼び出すなど恐れ多いが、勝己がそうするということは、この空間から逃れる手段は、少なくとも今の2人には存在しないということだ。
応利は鞄からシャーペンを取り出すと、それを指の先に軽く刺して血を滲ませる。地味にこういうのは一番痛い。
顔をしかめつつ、その血を地面の模様に擦りつける。
そして、勝己に教えられた言葉を唱えた。
「我が仕う氏神、此処にましまし給うこと畏み畏み白す」
その瞬間、模様の上にポン、と煙が立ち込め、先ほどの勝己と同様に何かが現れた。
模様に上に立つのは、緑がかったもじゃもじゃとした神にそばかすのある青年。
「…あれ、かっちゃん?」
「うるせぇデク」
「え…あの、」
青年はこちらに気づくと、パッと顔を明るくした。大きな目に朗らかな笑顔がとても好印象だ。
「初めまして、君は多摩御峰神社の子だね。僕は出久、緑ヶ谷地区の氏神をしてるんだ」
緑ヶ谷は応利が暮らす地域の名前だ。どうやら、応利が属する氏神を呼び出したらしい。召還に使った言葉からして分かっていたが、初めて氏神を見た。
「は、初めまして、急にお呼び立てして申し訳ございません!」
「んなかしこまる必要ねぇわ」
「はは、かっちゃんの言う通りだよ」