PAR AVION−2
ブリーフィングスペースに到着すると、ほぼ同じタイミングで2人がやってくる。パイロットの制服に身を包んだ2人は端正な顔立ちであるため、ただでさえモテるパイロットの中でも特に人気だった。ちなみに両方独身である。
「応利、フランクフルト便以来だな」
「俺の前歩くなや半分野郎」
いつもの感じでやって来たのは、轟焦凍と爆豪勝己、同い年のパイロットである。
黒いスーツに4本の金色のラインが入った制服がよく似合っている。帽子を指定のスーツケースの取ってに引っ掛けてそこらへんに立たせると、2人はブースに集まった。
「お前ら揃ってのフライトとか…」
「あ?気に入らねぇんかよ」
「別に…つか今日、他の副機長も切島と上鳴でしょ?内輪すぎ」
ため息交じりに言うと、爆豪はフン、と鼻を鳴らしてパソコンを素早く打ってログインする。
今日のPIC(航行指揮官)は爆豪、SIC(副指揮官)は轟で、他に副機長として切島と上鳴という男がいる。会社によって人数が異なるが、副機長は何人かいるのが普通だ。
PICはメインの機長、SICはサブの機長ということである。資格としては両方とも機長である。
この4人は応利の同期で、研修が同じチームだったこともあり、内輪感に溢れるメンバーだった。その分安心感もあるのだが、それを言うと調子に乗るので黙っておいた。
ブリーフィングとは、フライト前に機長と副機長、CAの代表が集まって行う確認である。
これに参加する役職も会社によって異なる。
応利は保安要員専門のASではあるが、同時にチーフの資格も持っている。この年齢でそれは異例中の異例であり、それが社内での応利の知名度を上げる一つの要因となっているようだ。そのため、応利はこのブリーフィングに参加する必要があった。
まじめな顔になった2人とともに、パソコンに示された様々な情報を見やる。
今日これから予定しているフライトは、12:00に羽田空港を出発し、16:30にバンコク・スワンナプーム国際空港に到着する便である。時差を考慮して、だいたい6時間半のフライトとなる。
「台風18号がフィリピンの東の海上を通過してる、ベトナム中央部もこの便が通過する時間は大気の状態が不安定になってっから、いつもより高めに飛ぶ」
爆豪は画面に表示された経路と天気図、そして天気予報を見て淡々と決める。この数秒でこれくらいのことは判断できるのが機長だ。
轟は到着時刻を見て、顎に手をやる。
「時刻的にバンコク周辺も揺れるな」
「ランディング開始前のアナウンスすればいい?」
「おう」
常夏のタイ、10月後半の現在は雨季と乾季の変わり目であるため、夕方ともなると揺れやすくなる。場合によっては悲鳴が上がるようなランディング(着陸)になることもあった。
ランディングが始まってからでは遅いので、アナウンスのタイミングをその前にすることを応利が提案すると、爆豪が短く返した。恐らく、そのタイミングは爆豪から指示があるだろう。
このように、ブリーフィングではフライトに関する様々なことを予想する。今回のように天気が荒れるようであればいつもより飛行高度を高くするため、その分追加の燃料が必要になる。また、季節柄特別なアナウンスが必要であればそれも行う。
台風は空港の上空にいなければ大した問題にはならないが、乗客にとって快適なフライトにすることを考える必要がある。すべてのフライトにおいて、このブリーフィングで乗客の快適な空の旅を提供するための様々な検討を行うのだ。
「轟、整備に燃料追加の連絡入れろ。量は分かるな」
「分かった。今日の担当は緑谷らしいぞ」
「どうでもいいわクソが」
またも内輪のメンバーである。それにしても、なぜ爆豪が連絡しないのか、と思っていると、爆豪は面倒くさそうにする。
「さっき貨物からドキュメント訂正の知らせがあった。俺はその確認しなきゃなんねぇ。危険物質があるぞ」
「了解」
轟と2人で返答すると、2人はそれぞれ電話をするために社内携帯を手に取った。
実は航空機の下半分、つまり客室の下の部分のうち、乗客の預け入れ荷物が占める割合は2割ほどでしかない。残りの8割は貿易用貨物が乗っている。
飛行機が運ぶのは旅客とその荷物だけではない。むしろ、売り上げ的には同時に運ぶ航空貨物の割合が非常に大きいのである。日本では、貿易量でいえば9割が海上貨物、つまり船舶での輸送だ。しかし、貿易金額では4割が航空貨物によって運ばれていた。
飛行機で運ぶのは半導体やIC機器などの単価が高いものばかりだからだ。そのほか、食料品や動物など何か月もかかる船では運べないものも運ぶ。
その中には、たとえば常温で発火してしまうような物質など航空法で規定された危険なものもある。そういったものがあるときには、貨物の担当者からパイロットにどんなものが乗っているのかを示すドキュメントを送ることになっている。
海外の商社はやはりずぼらなとこもあって、事前に送ってくるリストと異なるものが届くこともある。ドキュメントの訂正というのはそうしたときに発生するものだ。