PAR AVION−4


日本時間15:00、応利たちの便は無事に離陸したあと、現在四国の南の海上を飛行している。
テイクオフはいつもながら鮮やかで、羽田を出たあとの上昇の際にはわざと機体を傾けて市街地を窓から見えるようにした。左右に傾けて外の景色を見せるのは相当にうまいパイロットでなければできない。
この羽田を出てからの上昇は、ひとえに米軍基地の防空識別高度を上回るためである。厚木などの関東の基地は、民間の航空機でさえも制限があるため、羽田を出てから関西・南シナ海方面へ向かう路線はすべてこの急上昇が必要だ。
同じ距離であっても関西方面と東北方面では料金が後者の方が安いのだが、これはこの急上昇にかかる燃料費の分である。また、沖縄は着陸時にも米軍基地に配慮しなければならないので大回りすることになり、その燃料費もかかるため、やたら沖縄線は高くなる。もちろん、ビジネス客が少ない路線は高くなるのでそれもある。台湾の方が沖縄より安いことがあるのはその違いだ。
東南アジアなどに旅行するのなら、バンコクやシンガポール、ハノイなどビジネス客が多い空港に向かう便に乗って、そこから現地のLCCで行けば、東京からLCCに乗るより快適ですべて普通のキャリアで行くより安くなる。

昼食の片付けもほとんど終わり、機内はゆったりとしたリラックスムードである。特に問題もなく、何もかもいつも通りだった。

応利はファーストクラスのギャレー、つまり乗務員のいるスペースにいて機内の様子を見ている。

すると、インカムが鳴った。もちろん非常に小さな音で、素早く出る。これはすぐそばにあるコクピットからの内線だ。


「こちら圧気」

『応利、トイレ』

「了解、すぐ大丈夫」


応利はギャレーを出て、コクピットの扉の前に立つ。少しして副機長の上鳴が出て来た。
コクピットにはトイレはないため、パイロットたちは一番近くにあるファーストクラスのトイレを使用する。利用者や利用したそうな乗客がいないことを確かめて、ファーストクラスの乗務員、基本的にはチーフがそれを伝え、そしてコクピットの扉の前に立つ。
中の様子やパイロットの姿がなるべく乗客に見えないようにするためと、コクピットの扉が内側からしか開かない構造なので、このタイミングの保安を死守するためだ。
このとき、残された操縦士は25000フィート以上での飛行中は必ず酸素マスクをつけることになっている。

上鳴がトイレから戻って少ししてから、切島が交代する。
これから上鳴は休憩だ。意外と機長たちは寝ている時間が長かったりする。もちろん、2人の機長が同時に操縦席につくこともあるが、そのような状態をダブル・キャプテンという。

爆豪、切島体制になった後も、機内はいつもの平穏を維持する。食事も終わったので、ほとんどの乗客は離陸時から見ていた映画も終えていったん寝ている者が多い。CAたちも交代の時間が近い。



そんなとき、突然それは始まった。

直線の航路を進むはずの機体が、徐々に右側に傾き始めたのだ。それは、明らかに右へ旋回しているときの姿勢である。現在鹿児島沖、こんなところで旋回するわけがない。
いったい何が、と思った瞬間、ポーンと音が鳴って、シートベルトサインが出た。応利は疑問に思いつつも、客室へのアナウンスを開始する。


「皆さま、ただいまベルト着用のサインが点灯しました。お席にお戻りになり、ベルトをしっかりと留めてください。トイレのご使、用は、ご遠慮ください」


なんとか言い終えたが、急旋回だったために思わず言葉が止まった。体にかかる重力もあって、乗客たちの訝し気な声が聞こえ始めた。
直後、インカムに緊張した爆豪の声。


『応利、緊急事態だ。轟を起こせ』

「了解」


緊急事態。応利の体にも力が入る。頭が一気に冴え渡った。
すぐに応利は機長たちの休憩スペースに向かい、頑丈な扉を開いて中に入る。ベッドに寝ていたはずの轟と上鳴も、異常を感じたのか起き上がっていた。


「応利、何が起きてる?右に旋回してるだろ」

「うん…俺も何が起きてるからは分からない。爆豪が呼んでる」

「分かった」

「俺と切島は待機だな」

「とりあえずは」


2人はすぐに頷く。ベッドの前に置かれた椅子に上鳴は座りベルトを止める。
応利は轟とともにコクピットへと向かった。
廊下に出ると、突然、機体が更に急旋回した。意識がはっきりしてきたらしい乗客の軽い悲鳴が聞こえる。明らかに異常だ。


「うわ、」

「大丈夫か」


よろめいた応利を難なく轟が支える。とす、と支えられて、応利はすぐに持ち直そうと踏ん張るが、不安定な体勢で強い重力がかかるためなかなか動けなかった。
轟は応利を支えながらも、応利を手すりに誘導する。応利もそれに掴まってなんとか自立すると、轟はコクピットの扉をノックした。
すぐに扉が開き、切島と代わる。


「応利、爆豪がお前も入れって」

「え、俺が?」

「ここまで不測の事態は正直想定外だ。ギャレーで対応させたくねぇんだろ」

「…なるほど」


切島は待機室に戻り、応利はコクピットに入る。左に爆豪、右に轟が座り、応利は轟の後ろの収納椅子に座ってベルトをする。


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