PAR AVION−5
「切島から聞いた。想定外って?」
「自動操縦から手動に切り替えができねぇ。あらゆるこちらからのコマンドがブロックされやがる」
「…は?ありえないだろ」
「だから想定外だっつってんだ」
爆豪の説明は、構造上あり得ない話だった。
ボーイングやエアバスの一部の機体においては、操縦桿を手動で操作するとすぐに自動操縦から手動操縦に切り替わる。スイッチによって自動操縦のオートパイロットというところを押して切り替えも可能だ。
「操縦桿が動かねぇのか」
「動くが反応しねぇ」
轟も初めて聞く事態に眉を寄せる。設計上、そんなことは起こりえないのだ。当然、マニュアルにも載っていない。
「FD(フライト・ディレクター)はどうなってるんだ?」
「FD含め、すべての入力装置も反応しねぇ」
FDは高度などを設定する装置だ。それすら反応しないとなると、自動操縦でなければ制御不能の領域だ。いや、むしろその状態にあるといっていい。
「それだとIRS(慣性航法装置)の再起動もダメだよな…」
「あぁ。つかお前はなんでんなこと知ってんだ」
「緑谷が話してたなぁって。にしても、自動操縦がここまで外部の入力を受け付けないなんて、どう考えても人為的なものじゃね?」
IRSは様々な計測や積分などを駆使して現在地などを表示する装置で、これを再起動すると自動操縦から手動に切り替わる。これを知らずに発生した事故があったような、とてもその道のものでなければ知りえない情報だが、クソナードこと緑谷が語ってくれた。
そして、これほどまでに自動操縦からの切り替えができないというのは構造上ありえない。つまり、これは人為的なもの。
「…考えられんのは、ハッキングだな」
「自動操縦システムへの?Wi-Fiもない国際線で?」
「前超常時代、大規模なサイバーテロが雑居ビルの監視カメラで起こせた。一度回線にさえ侵入できれば、あとは簡単だ。可能性としては…客室のコンセントかモニターかだな」
「ネットじゃなく物理的に回線にってことか…んな技術があるのは驚きだけど、本来ならそれ以上の未来があったはずだからな」
個性の出現がなければ、人類はもっと素晴らしい科学技術を手にしていた。個性が出現する前ですら、ネットに繋がる監視カメラから米国全土のSNSを混乱させるサイバー攻撃があったのだ。
すると突然、コクピット内に警報が鳴り響いた。2人は素早く計器類を確認する。すぐに、轟が突き止めた。
「客室高度が10000フィートに達してるぞ」
「あ!?クソ、気づかなかった…!」
客室高度とは、つまり客室の気圧がどれくらいの高度にあるかを示している。高度10000フィートとは、高度3000メートルを意味する。どうりで少しだけ息苦しいと思った。
爆豪は手動でスイッチを押し、酸素マスクを降下させた。これは反応しているので、どうやら飛行に関するものがブロックされているらしい。
「麗日さん、こちら圧気。代わりにアナウンス頼む」
『了解!』
背後では悲鳴交じりにざわつく客室の喧騒が聞こえた。ビジネスでこれだ、エコノミーはもっと混乱しているだろう。
すぐに機内には麗日の落ち着いた声で酸素マスクに関するアナウンスが流れる。
「…どうすんの、あと15分」
「どうしようもねぇ…!クソが」
応利は爆豪に尋ねるが、いらだつ爆豪にはどうしようもなかった。
その間に轟は減圧の原因を突き止める。
「機体後方の弁が開いてる。これが減圧の原因だな。閉じることは…できねぇよな」
「よし、俺がやる。コクピット、あけっぱでいいね」
「任せた」
どんどん息苦しくなるコクピット。2人は先に酸素ボンベをつけ、応利は扉を開いてその状態でロックした。
そして、目を閉じて、落ち着いて個性を発動する。通常、こんなことになればコクピットも恐慌状態だが、爆豪たちが落ち着いているのはひとえに応利がいるからだ。
気圧をコントロールする力がある応利は、すぐに機内の気圧を高くしていく。
天井から降りてくる酸素マスクは、普通12分〜15分しか酸素を供給しない。それは、それだけあれば絶対に安全な高度まで機体を落とせるからだ。
このことからも、今それができない状態なのが異常だと分かる。
弁が開いているのは、逆に外の空気を取り込んで気圧を保てるので、応利としては助かる。これで酸素マスクの供給が止まっても大丈夫だ。
「…これで大丈夫、客室高度は?」
「今は規定値だ、ありがとう応利」
「ん。にしても、さっきから思ってたけど…通信までやられてんの」
「あぁ…Mayday,Mayday,This is TAS625,copy…どうなっとんだクソが」
悪態をつく爆豪だが、態度は落ち着いている。
TASは東京エアシステムズ航空のことで、この便を示す。普通なら応答があるが、無線は砂嵐状態だった。