PAR AVION−7
応利は急いでコクピットに戻った。途中、すべての乗客にマスクを外しても大丈夫なことを指示するようクルーたちに伝えながら走り、そしてコクピットに着くなりことの顛末を伝えた。聞いていた2人は顔をしかめるが、爆豪はふう、と息をつく。
「それならまだ可能性はあるな。今すぐ墜落させるんじゃなきゃ…」
「でも、どうすんの。緊急着陸かディッチング(着水)かでしょ」
「エンジンしだいだろ」
「さらっと会話してる応利が副機長みてぇだな」
爆豪と今後のことを話していると、轟が苦笑して言う。こちらも余裕が見えるのは、東京到着の2時間という時間的猶予があるからだ。
そして先ほどから応利が訳知りげに話しているのは、エンジンを全停止させる試みである。
機内の電気系統は、基本的にエンジンの回転によって発電された電気を使用する。バッテリーの非常電源もあるが、それがあると結局意味がない。
エンジンを止めるのは、それによって電力を止め、さらに非常用電源も止めることで、完全にシステムを停止させるためだ。
それによって自動操縦モードがリセットされ、初期の手動モードになる。離陸は手動で行われるため、初期は手動になっているのだ。
まさか犯人も、完全に電源を喪失させるなんて手段を取るとは思っていないのだろう。当然だ、再び電源をつけてエンジンを再起動するのにどれくらい時間がかかるか分からない。
「…エンジン止めてからどれくらいで再起動するかによって、着陸か着水か決めるわけだ」
「そうならざるを得ねぇ。このままだと考えられんのは、航空自衛隊のジェット機がやってきて並走し、俺たちがここの窓から状況を紙に書いて説明し、テロと判明した東京とワシントンが協議して、米軍によって撃墜されるシナリオだな」
国民の乗った航空機を自衛隊が撃ち落とすわけがないので、そこは米軍がやることになるだろう。それは日米両国にとって共通するはず。
帰宅ラッシュの時間帯の新宿駅にこんな大きな機体が落ちてくれば、とんでもないことになる。
「それよりかはマシだな」
「…死ぬときは一緒だから怖くないぞ」
すると轟がそんなことを言うので、爆豪の方を見ると、こちらも小さく頷いた。珍しく殊勝な態度だが、応利は呆れてため息をついた。
「ざけんな。俺たちの肩には、乗客乗員211人と墜落するかもしれない新宿駅の数万人の命がかかってんだぞ。死ぬ気で助かれ」
「…当たり前だろが」
「…そうだな」
どんなフライトだって最悪の場合死ぬ。それは飛行機という乗り物の宿命だ。だからこそ、そんな仮定は無駄なのだ。助かることしか考えなくていい。
深く息を吸って吐いた爆豪は、しっかりとした声で指示を開始した。
「…エンジン停止後にどうなるか分かんねぇ以上、乗客への説明および安全姿勢の指示は事前に行う。乗客への説明は分かってること全部言え。その他は基本的に通常の緊急着陸のフローに沿って行動しろ」
「一連のフローに時間制限は?」
「…この状況ならねぇな。いずれの数値も、天候や海上の様子も問題なさそうだ、とにかくお客様の安全を確保しろ」
「了解」
応利はすぐにコクピットを出て、クルーたちへの内線の電話をかけた。すぐにすべての電話に繋がる。
「こちら圧気、これより当機は緊急着陸の体制に入る。通常のフロー通り、お手回り品の確認等の安全確保を頼む」
電話を切ると、ファーストクラスの担当のCAと簡単にフローの確認をし、すぐに指示を出させる。一方で応利は電話を今度は機内全体向けに切り替える。
「皆さまに、当機の状況についてご説明いたします。現在当機は、テロリストによる電子ハイジャックを受け、自動操縦システムを制御できません。それにより、当機は東京・新宿への墜落をプログラムされているようです。しかし、これよりその回復を試みます。場合によっては大きく揺れることもございますので、これよりクルーによるお手回り品の確認と安全姿勢についての説明があります」
大きくざわつく客室。いくらテロ行為自体は日本においても珍しくなくなったとはいえ、飛行機は逃げ場がない。恐怖もひとしおだ。クルーたちも、恐怖の中で必死に訓練通りの行動をとってくれている。何より爆豪たちが、全員を救うためにこれから無謀ともいえることに挑戦するのだ。応利の仕事は、乗客を絶対に怪我させずにおくことである。