おお天使様−3
その後、轟のところにも現れた聖夜は、轟に「憎悪の籠った目をしている」と正直に指摘し、轟は一瞬キレそうになった。
しかし、頭を撫でられ、その純白の翼に包まれるように抱き締められた瞬間、すっと荒ぶる感情が沈静化した。
「なっ、んだ…これ…」
「見えるものも見えなくなってしまう」
どうやら聖夜の個性のようで、負の感情をおとなしくさせることができるようだった。根本から消せるわけではないようだが、轟が冷静になるには十分だ。
「…だからなんだよ、あんたには関係ねぇだろ」
「そうだな。首を突っ込む気はない。だが、迷える目をしているのを見たら、ただ安らかになって欲しいと思う。それだけだ。もしまた、自分でも制御できないような気持ちになったら俺を呼べ。どんな暗い感情も、俺が光になって照らそう」
あれだけ騒がしかった心は落ち着き、ここ数年感じたことのなかった穏やかな気持ちになった。
例えるなら、春の陽気の下で柔らかな風に吹かれているような、秋の晴れわたる空を見上げながら紅葉の公園を歩いているような、そんな気分だ。
「君の心と未来に、光あれ」
そう耳元で低く言ってくれた祈りにも似た言葉は、柄ではないけれど、轟にとっては救われたような気になった。もちろん何かが解決したわけではないし、どうせ聖夜と分かれて1人になればぶり返す感情はたくさんある。
だがこの一瞬だけは、轟は何者でもない、ただの人間として存在できるのだ。
相澤の言う通り、天使のような天使っぽくないような、そんな不思議な人だと思った。
「…俺も、聖夜さんって呼んでいいか」
「っ、本当か!」
そう提案してみると、今度は聖夜はパッと顔を明るくして、嬉しそうにした。鋭い目つきは健在でも、その顔からは花が舞っているようだ。
「じゃあ君はしょーくんだな」
変なあだ名をつけられるも、轟はなんでもよかった。ただ、やはりこいつは天使だと確信しただけだった。
***
そうして体育祭が始まる頃には、A組をはじめトレーニングに来ていた者たちはだいたい聖夜の天使ぶりを知った。久しぶりに会ったクラスメイトとの会話の種が多くが聖夜のことだったほどだ。
体育祭は全国からプロヒーローが警備としてやってくることもあり、聖夜はスタジアム内の監視にあたることになる。1年から3年まですべて回っているらしい。
A組の生徒たちは助言を生かしてそれぞれ全力で挑み、本戦はヒーロー科でほとんど枠が埋まった。さすがにメリハリはつけられるので、競技中は聖夜の天使ぶりに現を抜かすことはなかったものの、たまに現れて応援してくれる様子を見たらほっこりとしてしまう。
ただ、見かけた観客や慣れていない普通科の生徒などの悲鳴がよく響いたが。
やがて本戦が始まる時間になり、ヒーロー科の生徒もレクを終えて席にやってくる。第1戦の緑谷だけがいないが、クラスのほとんどが席に来ている。
するとそこへ、空から天使が降臨した。
純白の翼がはためき、ヒラヒラと羽根が舞う。緩い布を空中に纏わせながら、席の前の柵に降り立った聖夜の姿は、まさに天使の姿そのものだった。目つきさえなければ。
聖夜は持っていた大きな箱から、何か小さな箱を取り出す。ドーナツでも入っていそうな箱だ。なんだ、と首を傾げるA組に、聖夜は特に感情の起伏もなく「差し入れだ。作った」とだけ述べた。
箱を受け取った麗日は、「うおおお」と男臭い声を上げる。
中には、美味しそうなシュークリームが入っていた。
これを手作りだと、という女子の愕然とした声がするが、聖夜は「引き続き頑張れ」と言ってB組へ向かい飛んだ。
「は?天使かよ」
上鳴の思わず漏れ出たといった感じの声に、大きく全員頷いた。