And Ignisー
チャイムを鳴らそうとしたが、少し戸惑いつつ
ここで考え込んでも仕方がないとイグニスは真鍮の丸いボタンを押した。
すぐにドアが開き、笑顔でジャレッドが出迎えてくれた。
『追い詰めるように質問とかするなよ』
『わかってるー』
グラディオからそう言われてイグニスはふうっと息を吐いた。
リビングからシギルが出てきて、ジャレッドへ挨拶をしているのが見えた。
『イグニス、わざわざありがとう』
『いや、大丈夫だ。行こうか』
シギルの荷物を受け取り、イグニスはグラディオの顔を見て頷いた。
『グラディオもありがとう、またね』
『おう、またノクトの家でな』
組んでいた腕の片方を上げた。
◆
静まり返った車内の中、シギルは話題を振ろうかどうしようか悩んだ。
『シギルー』
信号が停止して、突然名前を呼ばれて心臓が跳ね上がった。
イグニスの方を見ると淡いグリーンの瞳が、どうしたら良いかわからないと言いたげだった。
『その…先日の休みの時のことは深くは詮索もしないし、ノクトにも言わないから安心して欲しい』
ノクトへのサプライズプレゼントの事を言っているのだとシギルは思った。
『だからこれからも変わらずに居て欲しいし、気にする事なくこうやって迎えも呼んで欲しい』
それにしてはいささか、話が大きいと言うか複雑になっている気がした。
『イグニス、それは…』
言いかけると、イグニスは少し慌てるように言い直した。
『プロンプトとの仲をノクトに気にされたく無いんだろう?だから…』
思わず目を見開いて口が開いてしまった。
イグニスはプロンプトとデートをしていたと勘違いをしていたのだ。
『イグニス、あの日はプロンプトとノクトの誕生日プレゼント買いに行ってたんだよ』
信号が変わり再び車が動き出した。
イグニスは次に言う言葉に戸惑っているようだった。
『だから、その…イグニスが思っているような仲にはなってないよプロンプトとは』
話がどうしてこんなに拗れたのか分からなかったが、なんだか気持ちが軽くなった。
『そう…だったか。すまない、勘違いをしていた。』
再び沈黙となり、車はシギルの家の前に着いた。
カチカチと音が聞こえる中シギルはイグニスに向き直り目をみた。
『イグニス、あの日ね…イグニスが女の人と一緒に居たから…目を逸らしちゃったの。見ない方が良いかなって思って』
嘘だ。
自分が見たくなかったから目を逸らしたのに嘘をついてしまった。
『あぁ…紹介された縁談だったが断った。』
『えっ』
胸につっかえていたものがスゥっと消えていくのがわかった。
イグニスの瞳がじっと見据えてそのまま話を続けた。
『これまでもいくつか話は来ていたが、その場で断っていた。今回は相手に会わずにというのがなかなかし難い話だったから…』
シギルは言葉にせずただ頷いた。
『まだ、自分自身の事もしっかり出来ていないのに結婚なんて考えられないからな。』
そう言ってイグニスは柔らかく笑った。
『…本当は』
恥ずかしさが込み上げたがシギルは正直に伝えることにした。
『イグニスが他の女性と一緒にいるのが見たくなくて顔を逸らしたの』
そう言って視線を落としたシギルを見て、イグニスは頬に手を添えた。
『俺は変わらずに側にいる。』
『王子の側付だもんね。』
親指で軽く頬を撫でイグニスは笑った。
『そうだな、まだノクトの事でも手一杯だ』
◆
『イグニス、ありがとう』
門の中へと入り玄関まで距離がある石畳を歩いた。
『いや、良いんだ。専門教科の事で分からないことがあったらいつでも聞いて欲しい』
『うん』
中に幾つかの専門書が入っているからか、鞄は少し重かった。
見た目とは意外に、シギルは決めた事を1人静かにやり遂げるタイプなのだろうとイグニスは感じていた。
玄関の前まで来ると、照れくさそうにシギルが何かを言いたそうにしていて
なかなか離れ難いのかその様子が小さい頃を思い出させて思わず頬が緩んでしまう。
イグニスが鞄を下に置くと、シギルは嬉しそうに胸に顔を埋めた。
背中に手を回しふふっと漏れた笑い声が聞こえ、思わずイグニスは片方の手を頭に回して抱きしめた。
腕の中に深くおさまったシギルの体温を感じながら、このまま変わらずに自分には甘えてきて欲しいとイグニスは密かな願いを持った。
『おやすみ、イグニス』
『あぁ、おやすみ』
玄関のドアが閉まってから暫く見続け
イグニスは車の方へと歩んで行った。