episode 10
玖式

 これは、まだ完璧始祖達が超人墓場に籠る前の話である――……。
「ネバー、モア」
 カラスマンは他の完璧超人達とのスパーリングを終え、自身のペット、否、相棒と呼ぶ二匹のカラスを探していた。
 いつもなら呼べば直ぐに飛んでくる、が、何故か今日は来ない。
 おかしい。
 不思議に思いつつも、カラスマンは二匹のカラスを探した。他のカラス達に話を聞きながら、探していく。
 と、二匹を見つけた。
「うん?」
 バタバタとネバーとモア以外にも、鳥達が何かを囲むように飛んでいた。
 目を凝らして見れば、鳥達の中央に女……少女、が立っていた。楽しそうに鳥達と戯れている。
 十四〜十六ぐらいの年齢だろうか。外見は酷くみすぼらしかった。
 明らかに着ている服が身体と合っていない。少女の身体よりも大きい服は、少しでも動けば脱げてしまいそうだ。
 身体のつくりから人間だとカラスマンは察した。
 超人であらば、いくらみすぼらしくあっても、筋肉を隠す事は出来ない。鍛え上げていなくても、内から見える筋肉、というものが超人には存在している。
 超人よりも下、更に下等である人間と、何故二匹が絡んでいるのか分からない。
「ネバー、モア」
 カラスマンが強めに呼べば、翼をはためかせ、戻って来た。
 そこで少女はカラスマンに気付いたのだろう。こちらに視線を向けてきた。
 その視線は鋭く、警戒しているように思えた。事実そうなのだろう、身構えた後、後ずさりを始める。
 他の鳥達は少女を守るように、それぞれが奇声をあげ始めた。
「……」
 鳥の声が理解できるカラスマンには、伝わってくる。
 少女に手を出すな、と。
「フン」
 下等超人を幾人か葬ってきた彼だが、人間に手を出すつもりはない。更に女とあれば、尚更。
「落ち着け」
 手は出さない、とカラスマンは自身の左腕を前へ示した後、後ろへ下げた。
 途端に少女の前に飛んでいた鳥達は大人しくなり、何匹かは少女の肩へと止とまる。
「貴方も、鳥の声が、分かるの?」
 少女は驚いてカラスマンを見た。
 その言葉に、まさか、と彼も驚く。
「まさか、おまえも……」
 カァー、カァーと彼の相棒であるネバーとモアが、その通りだ、と知らせる。
 物珍しくて観察していた、とも。
 カラスマンは改めて少女をじっくりと観察した。
 変わらず、外見はみすぼらしい。背中に自分のように大きな翼が生えているわけでもない。
 顔もそうだ。
 大きなクチバシがある訳ではない、ただの普通の、普通の人間だ。
 それなのに鳥の声が分かる、と言うのか。
「私の名前は――」
 少女は自身の名を名乗った後、彼の名を尋ねる。
「カラスマン、だ」
「カラス、マン」
 じっと少女の視線を感じて、カラスマンは落ち着かなくなる。
 鳥の声が分かる、となれば、自身の心も見透かされそうな気がした。
 が、心配は杞憂に終わった。
「貴方様は鳥の神様ですか?」
「何?」
「だって、そうでしょう? 背中に大きな翼、そして、そのクチバシ……あれ、仮面? なのかな」
 でも、いいや。と少女は彼に跪いた。
「鳥の神様、カラスマン様、どうか私を幸せにしてください」
「……」
 幸せにしろ、ときた。
 自分で幸せを掴むではなく、他人任せの感情に不快に思う。
 だが、下等超人より更に下の人間、そして女である。手を出すのも馬鹿馬鹿しい。
「私は神様ではない」
 それだけ告げると、カラスマンは背を向け、少女の元を後にした。
 自身の相棒である二匹と一緒に。
「行っちゃった……」
 ぽつり、と少女は呟く。
 カラスマン。
 少女の頭に、その名は刻まれた。
 幼き頃より両親を亡くし、鳥と会話が出来る、変な女だ、と村では忌み嫌われてきた。
 鳥達が彼女の唯一の救いだった。
 そして、今、姿を現した人物――……カラスマンは、鳥を具現化した姿に思えた。
 人となり、私を救う為に現れた人物――……。
「また、会えるかな」
 肩に止とまっていた鳥に話しかければ、ピピッ! と返事をくれた。

 ◆◇◆

 少女は鳥にパンを与えていた。
 小さくちぎって地面に落としたり、近くにいる鳥には自身の手の平の上にのせてあげていた。
 カラスマン、に会ってから一週間が経っていた。あれから一度も会えていない。
 鳥達に聞いても、首を横に振るだけ。
 夢だったのかもしれない。
 少女はそう思うようになっていた。唯一の救いである鳥達が見せてくれた、幻想の人物。
「はあ」
 ため息をつくと、どうしたの、と鳥達が心配して見せる。
「何でもないよ」
 よしよし、と人差し指で頭を撫でていけば、鳥達は嬉しそうに鳴いた。
 カァーカァーとカラスの鳴き声がして、少女は空を見上げる。
 間違いない、カラスマン、様の近くにいた二匹のカラスだ。
「おいで」
 悪いようにしないから、お願い、と、誘えば、二匹のカラスは降りてきた。
「カラスマン様は?」
「カァーカァー」
「そう、鍛錬中、なんだ」
 鍛錬だなんて、神様が?
 神様は鍛錬なんてしなくても、絶対的強さを持っているものだと思っていた。
 が、違うらしい。カラス達、ネバーとモアの話によると、彼は選ばれた超人の内の一人で、高みを目指そうと日々鍛錬をしているとの事。
「神様じゃなくて、超人……」
 超人は絶滅した筈だ。
 幾度となく戦争を繰り返した超人達は、カピラリア大災害、死の光線が降り注ぎ、神への罰が下った、と聞いた事がある。
 死の光線は私達人間は無害なもので、超人達にとってだけ有害なものだった。
 光線は虹のように美しい光だった、と、母方の祖母の祖母が言っていた、らしい。
 その光線から逃れられたのが、カラスマン様、だという。
 初めて超人を見た事になる。思い出せば、肉体が相当に鍛え上げられていた。
 超人は人間よりも何倍ものパワーをもち、更に強さを求め、戦うことしか脳がない生き物だった、と聞いていたが……本当にそうなのだろうか。
「カラスマン様に、会いたい」
 二匹に懇願すれば、無理だと言われてしまった。
 今は鍛錬中だから、と。
「じゃあ、鍛錬が終われば?」
 それは分からない、と言われ、希望が見える。
「鍛錬が終わったらでいいから、会いたいな」
 それまで一緒にいようと、ちぎったパンを渡す。二匹のカラスは嬉しそうに食した。

 ◆

「全く……」
 ため息をつきながら、カラスマンは二匹のカラスを探していた。
 前も同じ事があった、一週間前の事だ。ならば、また同じ場所にいるのか、と足を向ければ、いた。
 薄汚い少女に、それを囲む鳥達の中に相棒の姿が……。
「ネバー! モア‼︎」
 苛立ちながらも呼べば、二匹はこちらを見た。が、近寄ってこない。
「どうした、帰るぞ!」
 カァーカァーと訴えている。
 少女が私に会いたいと言っていた、と、少しだけでも話してやれ、と。
 何故、私が下等超人の更に下の人間と話さなければいけない?
 拒否するが、じゃあ、帰らない、ここにいる、と珍しく二匹が我儘を言うので、仕方なしにカラスマンは折れた。
「何だ」
「カ、カラスマン様……!」
 カラスマンが傍に来たので、慌てて少女は頭を下げる。
「二匹に聞きました、貴方は神様ではなく超人だと」
「……」
「超人は絶滅したと聞いていたのですが……本当に超人なのですか?」
「さよう、超人は絶滅した、我等以外は」
「我等以外?」
 隠したところで、二匹が打ち明けるだろうと考えた彼は、話した。
 一人の神が下界をし、我等を選んだ、と。完璧、の名を恥じぬよう、彼の元で鍛錬を重ねていると。
 いつしか自分自身も完璧超人の名に恥じぬ、精神的にも肉体的にも強くなってみせる、と。
「凄い……」
 きらきらした眼差しを感じつつ、カラスマンは鼻を顰 しかめた。
「おまえ、風呂に入っていないのか」
「あ」
 さっ、と後ろへ下がり、少女は恥じた。
 村から邪険に扱われる少女は風呂に入れるはずもない。そして洗濯も同様に。
 今着ている服、一枚しか持ち合わせていなかった。数時間で服が乾くと確信がない限り、洗濯が出来なかった。
 風呂といっても、洗濯が乾くまでの川での水浴びで済ませるものである。
 服が乾くまでのタオルですら所有していなかった少女は、鳥達が見守っていても、強姦のリスクが高すぎるのだ。
 最近、洗濯と風呂はいつだったか。天気が曇り空が多く、下手したら一ヶ月以上経っている。
「不快にさせて申し訳ありません」
「……」
 ぴいぴいと他の鳥達は少女を援護する。言わなくていいよ、と伝えたらが、カラスマンの耳に届いてしまった。
 放っておくことは簡単だ、が、どうせ二匹はまたこの少女の元へと行くのだろう。
「来い」
「え?」
「いいからついて来い」
 スタスタと歩き出すカラスマンに、ついて行ってもいいのか少女は悩む。
 が、鳥達が後押ししてくれたので、のそのそとついて行った。
 匂いで不快にさせないように、距離を取りながら、背中を追う。
 行き先は川辺だった。
 まさか、と少女が思えば、カラスマンは浴びろ、と川を指さした。
「あの、でも」
「洗濯もついでにしてしまえ」
「でも、この天気では……」
 少女は空を見る。
 後、数時間したら夕方になる。乾く保証はない。
 濡れた服を着た事がないわけではないが、洗濯が無駄になったと思う程、じっとりして、湿っていて……気持ち悪い感触を覚えている。
 全裸でいたいぐらいだが、リスクが大きすぎる。
「私が乾かしてやる。洗濯が終わったらそこに置いておけ」
 近くの大きな岩を指さした後、カラスマンは少女に背中を向けた。
 見ない、という意思表示なのだろう。
 少女はしばらく葛藤した後、服を脱いで、洗濯を始めた。
 鳥達が少女を隠すように、周りを囲ってくれた。
「ありがとうね」
「ぴいぴい」
 鳥達に感謝しながらも、服を川の中で上下に擦っていけば、出る出る。汚れが。
 服を替えたい、と思う。が、叶わないことは分かっている。
 一枚だけでも有難いと思わなくちゃ。
 ごしごし……ごしごし……。
 汚れが出なくなったところで、少女は腕を止めて、ぎゅうっと服を絞った。
 破けないように、力を加減して。
 そして、カラスマンが指さした大きな岩の上へと洗濯した服を置いた。
「置いたって伝えてくれる?」
「ぴい」
 一匹の鳥にお願いした後、少女は川の中へと入った。
 久しぶりのお風呂≠堪能した。水温は少し冷たかったが、風邪を引くことはなさそうだ。
 心配しているのは、服、である。
 カラスマン様が乾かしてやる、と言ってくれたけど……。
 少しして、バサッバサッと大きな羽音が聞こえてきた。
 上空にカラスマンがいた。大きな翼をはためかせ、両手で服をもっている。
 自分の汚い服を彼が持っていることが、とても恥ずかしくなった。が、濡れた服は翼の風によって乾いていくのが分かる。
 乾かしてやる、とは、そういう事だったんだ。
 少しして、彼が地面へと降り立った。
 少女には視線を向けず、服を軽く畳んだ後、大きな岩へと戻す。
 紳士的な態度に、少女は胸の高鳴りが抑えられなかった。
 神様ではない、超人。
 超人は強さを求めているから、もっと野蛮なものだと勝手に思っていた。
 だが、違う。目の前の彼は、紳士的で優しい……先程の話もそうだ。
 選ばれた、と言っていた。
 下界した神に選ばれ、精神的にも肉体的にも、完璧になってみせる、と。
 なんて高貴な方だろう……。
 少女は水浴びを終え、自身の身体から水が引くのを待ってから、服を着た。
 お日様に当たったポカポカの服とは違う感触、冷たくはない、が、不思議な温かさをもっているように感じる。
「ありがとうございます、カラスマン様」
「勘違いするな、感謝するならネバーとモアに言え」
 事実、二匹が我儘を言わなければ、ここまでしなかっただろう。
「ありがとう、ネバー、モア」
 よしよし、と二匹の頭を撫でる少女の髪が濡れていることに、カラスマンは気付く。
「濡れているが」
「えっと、タオルを持ち合わせていないので……その内、乾きます」
「……」
 濡れた髪を手櫛で整えようとする少女に、そっと風を送った。
「カラスマン様?」
「風邪を引く、乾かしてしまえ」
「ありがとうございます……」
 バサバサ、とカラスマンの背中に生えている翼がはためく。
 彼の風に合わせて、わしわしと手で髪に触れる。早く乾くように、彼の風が髪の毛全体に行き渡るように。
 綺麗に髪が乾き終わると、カラスマンは満足そうに頷く。
「ではな」
「あ、カラスマン様っ!」
 行っちゃう、と慌てて、手を伸ばすが、彼は既に上空へといた。
「また、会えますか!」
 大声で伝えたが、彼は振り向くことをしないまま、去って行った。
 が、二匹のカラスが少女に答えるように、カァーカァーと鳴いた。
 またね、と言った返事に、少女の胸がほんわりと暖かくなった。
 これが始まりで、徐々に彼と少女の交流が増えていき、二人の間に芽生えたものがある。
 それは――……となれば、物語はハッピーエンドだった、かもしれない。
 しかし、二人の間に何も芽生える事がなかった。
 カラスマンは目撃してしまったのだ、少女が盗みを働いているところを。
 必死に一つのパンを持って逃げる少女、それを追いかけるパン屋の主人。
「またお前か、ふざけやがって!」
 主人の怒鳴り声に、カラスマンは顔面を顰 しかめる。
 醜い、なんと醜い……。
 上空から見ていれば、少女は小さな穴の中へ飛び込む。
 どうやらいつもそこを逃げ道としていたようだ。
 少女を見失う主人。
「くそ! 今度会ったらただじゃおかねぇ‼︎」
 地団駄を踏んだ後、主人はパン屋へと足を向けた。

 ◆

 少女は鳥にパンを与えていた。
 正確に言うならば、盗んできたパンを与えていた。
 鳥達は盗んだなんて気付かない、否、盗む、という言葉さえ理解出来ない。
 餌があるから食べる、少女がくれるから貰っている、それだけだ。
 鳥を、カラスを仕えているカラスマンは、それが気に入らなかった。
 聞けば、二匹もパンを貰って食べた、という。
 知らないだけで、盗んできたパンを、この少女は食べさせたのだ。
 私の相棒である二匹に。
 下等超人の更に下等である人種、人間。
 カラララ〜ッ、と笑いが込み上げてくる。
 少しでも接した自分の愚かさに、醜さを知らない相棒二匹に。
 笑わなければ、やっていけぬ、というもの。
 カラスマンは知らない。
 少女が村から迫害されてきたことも、両親を亡くしていることも。
 盗みをすることでしか、生活できなかったのを。
 何も、何も知らない。
 盗みを犯し、盗んだものを相棒に与えた。
 それが彼の少女に対する価値観全てに変わる。
 もし、彼が気付くのがもう少し遅ければ。
 もし、盗んだものと知らずにいれば。
 そんな、もしもの世界は、ここに存在しない。
 現実のみが、ただそこにある。
 カラスマンは上空を飛び、少女に狙いを定める。
 鳥達が騒がしくなり、少女は空を見上げた。
「あ」
 カラスマン様だ、と少女は頬を緩める。反して、彼は厳しい表情で少女に向かって一直線に羽を伸ばした。
「カラ……」
 ザシュッ!
 彼の大きな翼によって、それが少女の最後の言葉となった。
 ごろり、と少女の首が転がる。残った胴体から血飛沫が舞い上がり、傍にいた鳥達も真っ赤に染まっていく。
「ピーピー!」
「ギャァスギャアス!」
 何をする、と鳥達は講義の声をあげる。
 何故殺した、と、バタバタ、カラスマンの周りを駆け巡った。
「何を怒っている。おまえ達」
 あくまで冷静に、鳥達に向かってカラスマンは口を開く。
「餌を用意したまでよ、それを狙ってつけ回していたのだろう?」
 少女の死肉を食え、と、カラスマンは鳥達に命令した。
 一瞬考える仕草を見せた鳥達だったが、食欲に抗うことは出来ない。
 みるみるうちに、少女の原型は無くなっていく。
「ネバー、モア、許さんぞ」
 二匹も食べようとしたが、カラスマンは制した。
「おまえ達にその死肉は相応しくない。もっと特上なものを用意してやる」
「カァーッ!」
「カァーッ!」
 特上なもの、と聞いて、二匹は歓喜の声を上げる。
「ふん」
 盗んだパンなんて、完璧超人の私の相棒である二匹が食していいものではない。
 二匹に何を用意してやるか、そして、改めて徹底を。
 下等共に関わるな、と。下等超人と同様、人間も例外なく、だ。
「行くぞ、ネバー、モア」
 カラスマンはその場を後にする。
 勿論、二匹も一緒に彼の背中をついて行った。
 ひらり、とカラスマンの抜けた黒い羽が、白骨化した少女の上に落ちた。

prev top/home next