episode 5
肆式
私は死んだ。死んだ筈だった。
しかし、目の前に広がっている光景はなんと奇怪なことだろう。
超人、超人、超人、超人……超人達が空中をぷかぷかと浮いている。
意識がないように思える“それ”は、幽霊に見えた。観察を続け、あながち間違っていないことに気付く。
見覚えがある超人が何人かいた。全員、死んだはず、なのに。
つまり、私は……。
「そこで何をしているーッ! お前も働かんかッー‼︎」
視線を向ければ、金棒を持っている鬼、がいた。
ガンッ! と金棒で殴られる。
「女でも容赦しねぇぞ! 働け‼︎」
背中を強く押される。
痛い、死んだはずなのに、どうして……。
訳も分からず、殴られるのは嫌だから、と鬼の指示に従った。
◆ ◇ ◆
ここ、“超人墓場”に来て、数週間が経った。
超人は死ぬと、超人墓場へ行く。
単なる噂話、だと気にしていなかったけど、真実だった。
私より先に死んでいた超人達に話を聞けば、働きぶりによって、生命の玉というのが貰えて、四つ集めると生き返ることができるらしい。
「何百年経っても貰えない奴もいるけどなァ」
半年で生き返った超人もいる、と聞いて、希望が見えてきた。
何百年って冗談じゃない、と思ったが、半年なら。
「で、どうやって貰えるの? その生命の玉、ってやつは」
「鬼どもに働きを認めて貰えれば、だ。つまり真面目に働けばいい」
「なるほど」
ずっと無理矢理労働をさせられていたが、生き返る為、であれば……。
それから毎日毎日、鬼の言うことを聞いて真面目に働くようにした。
何故かぐるぐると訳が分からない重い物を回したり、地面を掘ったり、そこから出た岩や土を運んだり……時には、掘ったばかりの地面を埋めろ、と言われたこともあった。
意味がない。何故こんなことを、と労働を投げ出しそうになる。
が、堪えた。選別している、と予測したから。
現にやってられるか、と労働を放棄したり、明らかに力を抜いている超人がいる。
現実を受け入れられないのか、空中に彷徨っている超人も、同じく。
多分、この超人達は生命の玉をもらえる事はない。つまり、生き返る権利はない。
せっかくのチャンスなのに、馬鹿みたい。
こんなところで過ごすより、生き返って、再び超人達と戦ったり、美味しいご飯を食べたり、大きなお風呂に入ったりした方がいいに決まっている。
現世に思いを馳せ、労働を続けていると、鬼から生命の玉を一つ、貰えることが出来た。
「女にしちゃァ、よくやっている」
女、と差別されて、苛立つが、感謝を伝える。
気を悪くして没収なんてされたら、たまったものじゃない。
死者の世界も同じか、男女で差別されるなんて……同じ超人、であることには変わりがないのに。
現世のことを思い出す。死んだ原因も、男の超人に戦いを挑んだからだった。
女でも勝てると証明したくてこのあり様……。
でも、今度こそは。
◆ ◇ ◆
生命の玉が三個集まった。残り一個。
超人墓場に来て、一年。
半年で生き返るのは無理だったけど、この調子ならもう少しで生き返られる。
一年いて分かったこともある。
一番偉いのは超人閻魔。その下に完璧超人始祖なるものもいる。更にはその下、も……。
情報収集をすればするほど、自分も完璧超人になりたいと思うようになった。
認められたい、強くなりたい。女という性別を超えて、私は一人の超人として、完璧になりたい。
しかし、どうすればなれるのか、それの情報はいくら探しても入ってこなかった。
現世に戻れば、文献があるかもしれない。
その時は……。
「お前か、こそこそ嗅ぎ回っているという超人は」
女、ではなく、超人と呼ばれたことに嬉しさを感じてしまった。
見れば、体格がかなり良く、肌が緑色の一本角の鬼がいた。
「嗅ぎ回っている、というのは?」
「モガモガ、聞いたぜ、完璧超人になりてぇそうじゃねぇか」
「ッ!」
情報を貰えるのでは、と姿勢を正し、目の前の鬼を観察する。
外見は他の鬼と同じように思える……が、直感的に分かる。多分、違う。
そこら辺にいる鬼達ではない、もしかしたら、完璧超人の誰か、かもしれない。
「はい、私は完璧超人に、なりたいです」
「言っておくが、並大抵の超人にはなれねぇ。お前の死因は知らねぇが、既に死んでいる時点でどうかな」
「……」
探るように見られているのが分かった。
その視線に耐えながらも、口を開く。
「それでも、私は完璧超人になりたい、性別なんて関係ない、と知らしめてやりたいんです」
「なるほどな……」
性別、と口に出しても、バカにしなかった。女如きが、と言わなかった。
やっぱりこの鬼は違う… …他の男の超人達とも……。
「いいだろう、教えてやる」
「え」
「その前に、受け取れ」
軽くポイッと投げられたそれは、生命の玉だった。
「え、え⁉︎」
慌てて受け取る。
四つ、これで四つ揃った…… ⁉︎
「モガモガ、働きぶりが認められた、という事だ。後で、超人閻魔に会ってもらう。そしたら、晴れて現世に生き返られる」
良かったな、と、拍手され、頭を下げた。
「さて、本題だ、いいか、完璧超人になるには……」
◆
自分の両手を開いて、閉じて、を繰り返す。
死者の肉体と、生者の肉体は、やはり違う気がする。
無事に生き返る事が出来た。
完璧超人になりたいーー……。
意欲は消えていないみたい。安心した。
目の前を見据え、とにかく身体を動かしたくて走り出す。
完璧超人になる、その為にはーー……。
鬼が教えてくれたことを思い出す。
“聖なる完璧の山モン=サン=パルフェ”。
スカジナビア半島と北極海の中間地点に浮かぶ島の名だ。
弱き超人はたどり着く前に、海の炎に焼かれ死んでしまう、と助言を受けた。
強さを備えたものしか、海を渡れない。そして、海を越え、島に辿り着いても、第二の試練がある。
門を開いたそこに、門番、完璧超人始祖の一人と戦い、認めさせなければならない。
『さあ、お前はどこまで来れるかな?』
モガモガ、と独特な笑い声が思い出される。
今の私が、がむしゃらにそこへ目指したとて、海の炎に焼かれて終わり。
一歩ずつ、確実に……。
まずは、私を殺した超人を倒す。身体も、精神も、今以上に鍛える必要もある。
超えてみせる、性別を、女だから勝てない、なんて言わせない為にもーー……!
生者の自身の身体の感覚を取り戻す為に、ただひたすら走り続けた。
◆ ◇ ◆
あれから五年の時が過ぎた。
今なら、完璧超人になれる、と信じてる。
肉体を限界まで鍛え上げ、精神も強くなった。
女という性別を気にしていたが、この五年でそこら辺の男の超人に負けることは無くなった。
圧勝することが多くなり、私が道を歩いていると、逃げるように姿を消す超人も増えてきた。
無謀な挑戦者も減った。
ここに、私よりも上の超人はいない。
今なら……。
自身の拳を握りしめる。
向かう時だ、“聖なる完璧の山モン=サン=パルフェ”に。
ドボン、と海の中へ入り、目的の場所へと泳ぎ進める。
何時間泳いだだろうか、やっと見えてきた。
違いない、超人の本能が告げている。
巨大な城が目の前に広がっている。
あそこが“聖なる完璧の山モン=サン=パルフェ” ……。
泳ぎ進めると、超人の死体が増えてきた。火傷の痕が見え、燃やされたのだろうと分かる。
しかし、私の身体は燃えていない。第一難関は突破、と見ていいのだろうか。
ざばっ、と海から出る。
階段を登り進め、ここにも遺体があちらこちらに転がっていた、大きな扉の前に立つ。
深呼吸を一つ。
認めてもらう、完璧超人の始祖に。
扉に手を伸ばし、ゆっくりを開ける。
「よく来た」
「貴方は… …!」
超人墓場で会った、あの鬼だ。
「どうして、ここに」
「モガモガ、ずっと見物させて貰っていた。名乗り忘れたな、オレは… …」
ふんっ、と鬼が力を入れ、筋肉を膨張させる、と、皮膚がバリバリと裂けていき、超人が姿を見せた。
「完璧超人始祖“
肆式”アビスマン!」
「アビス、マン……」
予感は間違っていなかった。この鬼は別の何かを感じ取っていた。
まさか、完璧超人始祖の一人、だったなんて。
「勝手なことをする」
「モガモガ、言うな、ミラージュマン。俺が目にかけていた超人だ」
見れば、もう一人別の超人がいた。
この人は……?
「こいつは本来の番人の」
「私が完璧超人始祖“
参式”のミラージュマンだ」
二人の大男の視線を感じる。
本来の番人、と言った、が、どちらと戦い、認めてもらえればいいのだろう… …?
交互に視線をやれば、すっと下がったのがミラージュマン、バッとリングに飛び乗ったのはアビスマンだ。
「さあ、来な! 見せてもらおうじゃねぇか、お前の実力を」
挑発するように右手を動かすアビスマンを見つめ、一度礼をした。
完璧超人始祖には敬意を。
「ほう… …」
「礼儀作法なんぞどうでもいい、とっとと上がれ」
「はい」
ふう、と空気を出し切ってから、リングへと上がる。
認めさせて完璧超人の仲間入りを果たす……!
改めて、アビスマンと対峙すると、やはり大きい。
自分より体格が大きい超人の相手をする時は……。
対面では勝てないと判断して、後ろに回り込む。
「見えてるぜ〜! アビスガーティアン‼︎」
「ッ⁉︎」
背中から丸い円が現れ、身体が弾き飛ばされる。
ロープに身体を軋ませ、慌てて身体を回転させ、リングへと立った。
「今のは」
「モガモガ、完璧超人になりてぇんだろ。なら正々堂々正面から突っ込んで来るんだなーッ!」
巨体が迫ってきて、逃げる隙もなく弾き飛ばされる。
体勢を変えようとしたが、捕まってしまい、背負い投げをされ、頭を強く打ち付ける。
「ッ!」
ズキズキと頭痛がする。
完璧超人始祖……まさか、ここまで強いなんて……!
「どうしたどうした〜! 諦めるのかァーッ⁉︎」
「諦め、ない!」
不利だと分かっていたが、正面から突っ込んで来い、と言われてしまえば、見せるしかない。
認めてもらうんだっ… …!
蹴りを腹に何度かいれ、ジャンプして頭に蹴りを入れるが、アビスマンはビクともしない。
そんなっ! 腕よりも足の方が自信があった。
ここ二年で、どんなに巨躯な男でも蹴り一つ入れれば、リング場外へと吹き飛んだのに。
「こんなものか」
「ッ! やあーっ‼︎」
再び蹴りを入れようとして、右足を簡単に掴まれてしまい、宙吊りにされてしまう。
「ぐっ!」
もがくが、力が強い。左足で蹴りをいれても、ちっとも効いていない。
そんな、そんな、そんな……!
投げ飛ばされ、強く背中を打ちつけ、吐血した。
「もう、いい」
冷めた表情、声に、見切りをつけられたのが分かる。
嫌だ、私はなりたい、完璧超人になりたくて、今まで努力をしてきたのにっ!
「やっぱり、駄目だな」
“女は”
アビスマンが迫ってくる。
首に、手をかけられ、そしてーー……。
▼ ▼ ▼
骨が折れる音がして、勝敗がついた。
「貴様が目にかけている、と言うから譲ってやったが」
そこら辺の下等超人の死体と同じく何にも変わりがない。
ミラージュマンはため息をつく。
「女超人、にしちゃあ頑張った方、じゃないか」
モガモガ、とアビスマンが笑う。
「が、遠く及ばない、オレ達には」
死体となった彼女に興味を無くしたのか、アビスマンは地面と同じように、死体を踏んづけてリングを降りる。
「門番を任せられているのは私だ、アビスマン。こう言ったことは今後」
「分かった分かった、悪かったな」
細かいやつだ、と、アビスマンはため息をつく。
「今度はねぇよ」
やれやれ、とアビスマンは自身の持ち場である、超人墓場へと足を進めた。
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