episode 7
陸式
「裁定を下します」
女の声が広場に響く。罪人に裁定が下され、その場から引き立てられる。それを見送った裁定者の女は、一つため息を漏らすと一礼して裁きの場を後にした。
(……私に裁定者の資格などないのに)
女はまた、頭を抱えて蹲っていた。先程の裁定者の女である。彼女は裁定が終わる度、身を裂くような罪悪感に襲われるのだ。
(私も元罪人であることには変わりないのに)
彼女は昔、罪を犯した。たった一つの食料を盗んだ罪で、数年投獄された。その罪を償って、外に出た後各地を放浪している内にいまいるコミュニティにたどり着き、そこでなんの因果か裁定者を任されている。最初は断ったが、最終的に押し負けた。
「はぁ……。もう、いや」
裁定者は、罪人を裁くのが仕事である。しかし彼女は人を裁くことに抵抗感があった。その罪悪感に押しつぶされそうになるのだ。
「またあの夢を見そう」
彼女は最近、ある夢を見るようになっていた。それは自分の罪が形になって表れる夢だ。夢の中で彼女はいつも同じ人物に裁かれるのだ。そして決まって最後にこう言われるのだ。『お前のせいで』と……。
(もう、いや。誰か助けて……)
彼女は今日も、裁かれる罪人の悲鳴を聞きながら、その罪悪感に押しつぶされるのだった。
■■■
「またあの夢……」
いつものように、彼女の夢見は最悪だった。捌いた罪人たちに口々に言われる『お前のせいで』という恨み言。それに彼女は責め立てられるのだ。
「……ああもう!」
気分が悪い。とにかく寝覚めが悪いのだ。結局あの後眠れず、かといって仕事は山積み。一向に終わる気配がない。
(いつまでこんな生活を続ければいいの……)
そんなことを思いながら、彼女は一度頭を整理するために外へ出ることにした。人にあまり会わないように、川沿いをとぼとぼと歩く。
(あ、魚がいる)
ふと、川を覗き込んだときに魚を見つけた。この川は浅くて流れも穏やかなため、浅瀬に魚が生息していることが多いのだ。彼女はふらふらと川岸に近づいていき、そっとしゃがみ込むと手のひらを水の中に浸した。ひんやりとしていて気持ちいい。そんなときだ、不意に水面になにかが映った。
(何……?)
それを目で追うように顔を上げると、目の前に見知らぬ人物が佇んでいた。その鋭い目つきはあらゆる物を見透かしているようで、彼女は一瞬怯んでしまう。が、彼は彼女を見て「……人の子か」とだけ言うとさっさと森の方へと歩き去っていった。
(……え?)
彼女は、その場にへたり込んでしまう。なにが起きたのか理解できない。その一言だった。しばらく呆然としていたが、慌てて立ち上がると先程の人物の後を追いかける。
(さっきの人は一体……)
急いで彼の後を追いかけて森に入ると、開けた場所に出た。そこには先程遭遇した人物が佇んでいる。彼は彼女の姿を認めると声をかけてきた。
「どうした」
「……あの!」
彼女は思わず声を張り上げてしまう。しかし、その後の言葉が続かなかった。聞きたいことはたくさんあるのに言葉が出てこないのだ。そんな様子を見て彼は眉間に皺を寄せる。
「なんだ」
「……あなたは、誰ですか?」
やっとの思いで絞り出せたのはその一言だった。彼の問いに彼女はハッとする。
(私、なんて不躾なことを)
慌てて謝ろうとしたが、その前に彼が口を開いた。
「……人の子に名乗るようなものではない」
「……あなたは人ではないということですか?」
「そうだ」
「では、あなたは何者なのですか?」
「……私は超人だ」
超人……はるか昔に滅んだと聞き及んでいたが、生き残ったものがいたのだろうか。
「超人、ですか」
「ああ」
その時、彼が天秤を持っていることに気づいた。そして、彼女はふと彼は自分を超人と言うがもしかしたら裁きの神なのかもしれないと気づく。裁きの神は、罪人だけではなくあらゆる人々の罪を明らかにし、それに見合った裁きを下す神とされている。彼女は自分が神に審判される日が来たのではないかと考えたのだ。
「あの……」
「なんだ」
彼は相変わらず素っ気ない反応だ。しかし彼女はそれに怯まず続ける。
「私はあなたに裁かれるためにここに来たのですか?」
「……そうだと言ったらどうする?」
彼は一瞬驚いたように目を見開いていたが、すぐに無表情に戻る。
「……いえ、その時が来たのだと……私は、今は今いる場所で裁定者として扱われていますが……償ったとはいえ罪を犯した者、そんな人間が人を裁くというのは傲慢なのではないかと、そう思います……」
彼女は言葉を慎重に選びながら自分の気持ちを吐露する。それは彼女にとっては一世一代の決断であった。
「……天秤にお前の物を載せろ」
「! は、はい……」
言われるままに、彼女は自分の髪飾りを天秤の片方の皿に載せる。もう片方の皿には彼の物が載せられた。
「人の子よ、お前が正しいのならば天秤は正しく裁定を下すだろう」
そう言うと、彼は彼女の前にそれを掲げる。水平を保っていたそれは、二人の目の前で少しずつ傾き始めた。
「……!」
彼女は自分の髪飾りと彼の物を見比べる。それはみるみるうちに彼女の物の方へと傾いていった。それを眺めながら、彼は静かに口を開く。
「……裁定は下された、天秤は汝に罪ありと示した。……汝は裁かれねばならない」
「はい……」
彼女はもう、覚悟を決めていた。自分の罪と向き合わなくてはならないのだ。彼の大きな手が首へ伸び、そのまま彼女の首を掴んだ。
「っ……」
彼女は一瞬息を止め、目を瞑る。きつく締め上げられ始め、彼女は意識が遠のくのを感じた。
「人の子よ」
首を絞めながら彼が話しかけてくる。彼女の意識が途切れる前に、伝えたいことがあるのだろう。彼女はなんとか意識を繋ぎ止めながら言葉を返した。
「……は、い」
「『次』があるのなら、そのときは罪を背負わずに生きるといい」
「次……?」
彼女はなんとかその言葉を聞き返したが、その答えを聞く前に首の骨が先に折れてしまった。彼女の身体から力が抜けていくのを確認すると、彼……ジャスティスマンはその遺体を抱えあげ、森の奥に埋めてやった。自分の感情と罪の意識に振り回される、矮小な人間をその時ばかりは彼も憐れんだのかもしれない、しかしそこにあるのは超越者としての憐憫であり、情愛などはなかった。
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