episode 8
漆式

 一体いつから、いつからだろう?
 歯車が狂い始めたのは、カチリとはまっていたピースが取れてしまったのは。
 何に例えても、しっくりくるものはない。
 思い当たることと言えば、サイコマンが見つけたマグネットパワー。
 始祖全員が反対したのに、ただ一人、ザ・マンだけが賛同を示した。
 ザ・マン、は私達始祖全員の師匠であり、救済者。ザ・マンが言うのならば、反対をする訳にはいかない。
 サイコマン、ただ一人だけ嬉しそうに笑っていた。
 マグネットパワーなんて……。
 私達は完璧超人、その名の通り完璧でいなくてはいけない。
 サイコマンは管理する、と言っていたが、シルバーマンの言うように、封印すべき力のように私も思う。
 でも、ザ・マンが決めたことだから……間違いない。
 本当に?
 疑心に気づいたが、見ないふりをした。

 ◆ ◇ ◆

「超人墓場を出ていく? 本気なの⁉︎」
 声を荒げてしまうが、他の始祖も同じ意見だった。
「何度も私は伝えてきた筈だ。超人の新たなる進化の可能性は、下等超人の中にある、と」
 そう、いつだったか、ゴールドマンはおかしな発言を始めた。
 下等超人を見直すべき、だ、なんて。
 否定してきたし、他の始祖も私と同じ、だったのに。
 どうして……。
「馬鹿げてる、考え直して」
「既にザ・マンには許可を得た」
「なっ⁉︎」
 ザ・マンに視線を向けると、見切りをつけた、とだけ呟いた。
 そんな……。
「じゃあな」
 ゴールドマンが背中を向けて、超人墓場を去って行く。
 何かを言ってやろうとしたが、やめた。
 軽蔑した。
 下等超人の中に、進化の可能性? ある訳がない。
 そもそも下等超人達がくだらない争いを続けるから、選ばれた私達以外は、神達に粛清されたのに。
「どうせ戻ってくる」
「バカな男だ」
 他の始祖達の発言に安心した。
 ゴールドマンは馬鹿だ。
 そして、呆れて戻ってくるに違いないーー……。
 下等超人に可能性なんて、ない。

 ◆ ◇ ◆

 ゴールドマンが出ていってから、下界の様子を眺めることが増えた。
 前までは、監視の意味でしかなく、たまに覗く程度だったのに。
 心がずっとザワザワしている。
 ゴールドマンが出て行ったあの日から、ずっと。
 完璧超人として、唯一の女として選ばれた私は、他の男達に引けを取らぬよう、努力してきた。
 ザ・マンも認めてくれた。感情なんて捨て去った。
 それなのに、
 どうしてこんなに寂しいの……。
 遥か昔、本当に昔の昔……何年前だったかなんて思い出せない、が、完璧超人に選ばれる前の私。
 今のように完璧な身体でも精神でもない頃の私。
 恋を、したことがある。
 その人を愛して、愛された。些細な事で別れてしまったけど。
 今のこの気持ちは、その感情に近い。
 認めたくない、認めてしまえば、私も下等超人になってしまうーー……。
 そんな事は許されない。
 だけど……。
 じっと下界の様子を見る。
 下等超人に指導を行っているゴールドマンが見えた。
 馬鹿な男、愚かな男。 
 そう思うのに、目を離せない。
 ずっと見ていたい、もしかしたら本当に間違っているのでは。
 私達も、ザ・マンも……。
 否定したい、否定したいのに、疑心まで思い出してしまった。
 本当に私達は間違って、いない?

 ◆ ◇ ◆

 疑心は広がっていき、止とめることも、見ないふりをするのも不可能となっていた。
 超人の新たなる進化は下等超人の中にあるーー……。
 叶うのならば、ゴールドマン。
 私も貴方の隣で“進化” をこの目で見たい。
 完璧超人の名を捨てて、下等超人になったとしても。
 誰にも見つからないように、と、周りを見ながら歩み進めていく。
 反対されるのは分かっている、ザ・マンを裏切ることも。
 でも、もう疑心は止められない。
 そして、恋心も……。
 自然と頬が緩んだ。
 感情を失くしていた、と思っていたのに。
 ゴールドマンさえ超人墓場を出て行かなければ、私は完璧超人のまま、いられた。
「シャバババババーッ!」
 大きな笑い声がして、気配を探る。
 見なくても分かる、この笑い声はガンマンしかいない。
「とうとう素を見せたなッ!」
 私の名を呼び、ガンマンが前に現れた。
「何のこと?」
「気づかないと思ったか、この私がッ! “真眼サイクロプス”を持つ私が、お前の嘘に気づかないと思ってかーッ‼︎」
「……」
 声がでかい、他の始祖に気づかれたら、いや、もう遅い。
 ガンマンに気づかれた時点で。
「私には分かっていた、ずっと分かっていた……お前があやつに選ばれた時から、ずっと、裏切ることをなッ!」
「……」
 ガンマンが私を嫌っているのは知っていた。女のくせに、と何度も何度も差別されてきた。
 その度に落ち込みはしたが、選ばれたのだ。私は。
 ザ・マンに。
 だから気にしないように、と無視を続けてきた。
 それでも始祖として、嫌っているとはいえ、何百年も接してきたのに。
「女のくせに、完璧超人を名乗ること自体、間違っていたのだ……あやつは聞き入れんかったがな」
「ガンマン、私はザ・マンに選ばれた。恥じないように努力してきたつもりよ」
「知っている、が、今! お前は! 何をしようとした? うん?」
「それは……」
「私は嘘をつく奴が嫌いなことを知らないわけじゃないだろう。シャバババ」
 ふう、と息を漏らす。
 仕方ない、何を言っても見抜かれる、のなら……。
「超人墓場を出る、わ」
「誤魔化さなかったのは褒めてやろう、が、何故だ」
「……」
 ゴールドマンに恋してる? それとも、下等超人の可能性を見出した?
 天秤に掛ければ、分かりやすくゴールドマンと答えが出た。
 ゴールドマンは私が女だからといって手加減する事はなかった。対等に接してくれた。
 他の始祖はどこか遠慮がちだったのにも、関わらず、だ。
 それがどんなに嬉しく、ザ・マン以外の心の支えになったのか、今になって自覚するなんて。
 でも、プライドが許さなかった。
 今まで築き上げてきた完璧超人の誇りが、恋をしている、なんて、口にすることは憚はばかれる。
「私も見出した、から」
「……」
「下等超人の、可能性に」
「嘘をつくなーッ!」
 巨体が迫ってきて、慌てて避ける。
「駄目だ、もう我慢できんっ! ずっと私はお前を粛清したくてたまらなかったのだーッ!!」
 くるり、と身体を翻し、再び迫ってきた。避けようとしたが、エルクホルンが脇腹を掠かする。
「ッ!」
「シャババババ! だから言った、忠告してきた! 女如きが完璧超人に向いているわけがなかったのだーッ‼︎」
「しつこい、わねッ、本当に!」
 迫り来るエルクホルンを両手で掴んでみせた。
 そのまま振り払おうとガンマンは大きく首を回したけれど、しっかりとエルクホルンを掴む。
 離すもんか。
「貴様〜ッ!」
「女だから馬鹿にしないでって、私もずっと言ってきた‼︎」
 ガンッ、と頭を蹴飛ばして、後退させる。が、この程度の力じゃ、効いていないだろう。
 現に、ガンマンはちっとも痛そうじゃない。
 打撃は効かない、それならば、と距離を置こうとして詰められる。
「な、なんで⁉︎」
「何年見てきたと思っている、ずっとずっと粛清する日を脳内で何度も何度も描いてきたッ‼︎」
「ガッ、ハッ!」
 ぎゅう、と首を締め上げられる。
 苦しい息が、できないッ……!
「せめてもの情けだ……今まで始祖としてご苦労だった、が、嘘をついた貴様に用はなしッ‼︎」
 ゴキッ!
 彼女の首の骨が折れた音が、響いた。

 ▼ ▼ ▼

「ガンマン、お前」
「シングマンか、どうした」
「どうした、じゃない。何を……」
 シングマンは目の前の光景が受け入れられない。
 不自然な方向に首が曲がる彼女の遺体が見える。
 彼女は死んだ、ガンマンが首を折ったところを目撃してしまった。
「あやつが見たらどう思うか! 分かっているのか⁉︎」
「シャババババ、あやつなら分かってくれる。私がただ嘘をついたやつを粛清しただけだ、と」
「……」
「目障りだった、ずっとずっと……」
 男の世界に女がいる事自体間違いだった。
 恋情などくだらん感情を持ち込むとは。
 真眼で分かっていた、彼女はゴールドマンに恋をしていた。
『種に交われば種にあらず』
 恋情とは、この言葉を大いに否定するものだ、とガンマンは思う。
 シングマンは彼女の死体をどうしたものか、と思考していると、ガンマンが歩き出した。
「どこへ行く」
「決まっている、私は嘘をつくのが嫌いだ。隠し事も、な」
 粛清した報告をする、と続け、シングマンはその背中について行った。

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