「これはポプリっていう名前で、花を集めて冠にするのが好きなんだ。 裾のフリルは僕が縫い付けたの。 こっちはマーガレット。 ちょっと気が強いけど、それは照れ屋さんで、つい思ってもないことを言っちゃうからであって、根は良い子なんだよ。 マーガレットの三つ編みは僕がしてあげてる。 で、この青い目が綺麗な子はすみれ。 おっとりしていて、洋服を縫うのが上手で……」
 幼稚園から帰った後、彼女の手を引いて部屋に招き入れた僕の手には沢山のドールが収まっていた。
 外国から輸入されてそのままだったものが大半だけど、中には僕や母親によって手を加えられた物もあった。僕の持っているドールは皆女の子で、瞳の色や肌の色がバラバラだった。けれど、皆一様に女の子らしい服装をしていて、特にその服にアレンジを加えるのが僕は大好きだった。
 僕が言った「女の子と仲良くするよりずっと好きなこと」というのは、可愛らしいドールを集めて、時々自分の手を加えることなんだ。
 僕の部屋には所狭しとドールが座ってる。そしてその全員に名前と、プロフィールが設定されてる。当時の僕は、その趣味の一切を彼女に話して聞かせようと思った。
 幸せだった。あの時僕は、早くも自分の全てを受け入れてくれる、運命の人に出会ってしまったんだと、浮かれていた。
「それでね」
「ねぇ」
 続けようとした僕の言葉を、彼女の鈴のような声が遮った。
「ん? なぁに?」
 どうしたの?と、僕は微笑んで、部屋のドアの前辺りにいるであろう彼女の方に振り向いた。可愛らしい瞳を輝かせて、前のめりになりながら「すごい!これ全部集めたの?」とか「てれびくんって裁縫ができるのね、すてき!」とか、言ってくれるんだろう、と予想しながら。

「気持ち悪い」

 氷のような声が、室内に落ちた。
 僕の体は、金縛りにでもあったかのように動きを止めた。僕の腕の中で、特に服が凝っていて自信作のすずらんとジニアとアイリスが頭をもたげている。僕の目は、こちらを見下げるその瞳に引っ張られて、釘付けにされた。
「思ってたのとちがう。 男の子らしくない……気持ち悪い」
 可愛らしい瞳は、ドールを胸に抱えている僕のずっとずっと後方を見据えていた。蛇みたいな、このぬるい部屋の中で、僕の作り上げた理想郷の中で、唯一僕の手の届かないところにある、くっきりとした温度を持った瞳。

「アナタって、気持ち悪いのね」

 いつもはくるりと丸く見開かれていて可愛らしかった目は細められて、高尚な芸術家に作られた芸術作品のように完璧なアーチを描いた睫に守られたアーモンド色の瞳孔には、汚らわしいものにぶつけるための侮蔑や軽蔑の気配がしっかりとへばりついている。血の気が引いて、顔色が酷く悪かった。
 頭を内側から叩き割られるような衝撃に、僕はウンともスンとも言えずにその瞳を見上げていた。間抜けに口をぽっかりと開け放って、僕はお得意の相槌も打てずに、ただ呆然と可愛らしい少女の瞳を見つめ続けた。対して僕の頭に鉄槌を振り下ろした、美しくて完璧で作り物みたいな、女神様のような彼女は、くるりと踵を返して、僕の桃源郷を後にした。



「僕は最低最悪の馬鹿野郎だよ」
 言って、てれびは糸の切れたマリオネットのようにがっくりと頭を垂れた。真珠の艶に似た淑やかな灰色の短髪がふわりと揺れる。花見高等学校1年A組、ほんの、レモンイエローともジョンブリアンともつかないような、何とも言えない色の瞳孔が、カウンター上にちょこんと置かれたデジタル時計を見下ろした。プラスチックの板の下にある数字はとっくに5限が始まっているであろう時刻を示している。
 始業のチャイムがこの開かずの図書室に、花見高等学校に響いてから、12分ほどが経過していた。
「ハァ……」
 納豆のように粘ついた重々しい溜息が、てれびの口からこぼれ落ちる。山吹じみた色の瞳孔が、自己の過去を吐露しきると途端に項垂れてしまった彼の旋毛へと戻ってくる。灰色の渦のようなその旋毛を眺めるほんの瞳には、何の感情も籠もっていなかった。
「どうして、あんなにあっさり……部屋を見せちゃったんだろ……」
 念仏にも似た独白が続く。ほんはてれびが話の途中でカウンターに預けた分厚い本の背表紙を瞳で撫でた。同時に、部屋の奥、右側の窓のカーテンがブワリと膨れ上がり、あっという間に萎んで窓に張り付いた。絶好の小春日和にしては些か低く感じる温度の風が、皮下の血管がぼんやりと透けて見えるような少女の頬を、焦れったい手付きで撫でていく。
「どうして……」
「てれび先輩って内申すごく気にするタイプ?」
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