原作軸/兵長×部下夢主/20210215/バレンタイン&ホワイトデー企画2021
どうして入れ替わったのかなんて考えてはいけないご都合主義満載シリーズ。なんでも許せる方向け。「」はリヴァイの体での発言、『』は夢主の体での発言。今回のみわかりやすさを求め変えています。
01.
世の中には摩訶不思議なことが数多く存在する。○○や××、△△や□□などなど。
それらすべてを体験したわけではないけれど、聞いたものも含めたら、ナマエはもう立派になにかの主人公である。なにか──壮大なおとぎ話だとかの。
そもそもが巨人のいる世界だ、なにがどうなろうとおかしくない。信じていたものがまやかしだったり疑っていたものが答えだったり、まやかしを信じたかったり答えを疑いたかったり。そんなことは日常茶飯事だった。
たとえば。
この世界は巨人に支配されていて、昨日今日生まれてきた子どもたちはそれをあたりまえと言うのだろうけれど、あの日を知っているナマエはあの日まで壁が崩れることはないと信じていた。壁の崩壊なんて与太話のようなものだった。今となってはむしろ、百年続いた安寧が夢物語のよう。
そういう、揺るぎないはずだった事象が覆る瞬間を目の当たりにしたからこそ、ナマエはなにが起ころうとすんなり受け入れられるようになっていた。
驚きはする。ただそれは、すっぱいものを見たときによだれが出てしまうのと同じ。ひっと震えた喉に震えたなと気がついたころには対象を受け入れている自信が、ナマエにはたっぷりあるのだった。
*
どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
今日もいい天気だなあ。ナマエは目を覚まして一番にそう思い、二番にあれ? と思った。昨夜ベッドに潜らせたはずの身体がイスに移動していたから。座って寝ていたなんてこと、生まれてこの方初めてだ。
ナマエは昨日、遅くまでお菓子作りに専念していた。今日、二月十四日、年に一度のバレンタインデーのために。しかしうまくいかず、好きなひとに渡すのだから作り直したくとも高すぎる材料のせいで叶わず、泣く泣くラッピングで誤魔化して──そのあとはたしかに自室へ戻って眠りについたはずだった。
おかしいなあ。思いつつ、呑気にふわあとあくびをする。腕を伸ばす。腕を、伸ばしたところで。なんとなく全身に違和感をおぼえた。二十年以上付き合ってきた身体がなんだかいつもと違う気がする。
「……」
ナマエはようやく目をこすり、辺りを見渡した。ここはどこなんだろう。役職に就いていないため普段は大部屋で寝起きしているが、今いるのは一人部屋だ。だれかの私室だろうか。およそ光を遮ることのできなそうな薄いカーテンが風で揺れている。
──いや寒!!
二月半ばなのに一晩中窓を開けておくなんて。だけどやっぱり天気はよく、冬のにおいが心地好かった。
部屋には物がほとんどない。なさすぎて心配になるくらい。部屋主は物を持たない主義なんだろうか。ナマエが座っていたイスも年季が入っているので、私物ではなく兵団のものなのだろう。そういえばクロゼットなんかもない。代わりに唯一目立つのは、木製のハンガーラック。
──ん?
ナマエは眉をひそめた。掛かっているのが男物の服だ。待って、と、人知れずだれかにストップをかける。ここはどこ? だれの部屋? 焦りがどんどん加速していく。どんなこともすぐに受け入れる自信があるとはいえ、見知らぬ男部屋で目覚めたらさすがにびびる。しかも一人部屋だ、それはつまり。……これは兵器違反に入るだろうか。
──いや。いやいやいや、落ち着こう。
落ち着いて普段どおりに行動しよう、とナマエは意気込んでみせた。まず、窓を全開にして外の空気を吸う。次にふやけた起き抜けの顔を冷水でびしゃびしゃにする。歯をみがいて髪をとかして。そう、普段どおりに……。
「!」
ベッドを立ち、窓際に向かいかけたところで、ふと自分の下半身に目を向けた。
──え?
膨らんでいた。
──は、腫れてる?!
ついて離れぬ違和感の正体はこれか、と戦慄する。ゆうべ寝るまではなんともなかったのに。窓の隙間からなにか虫でも入り込み、下半身を刺していったのかもしれない。痒みや痛みはないけれど。ナマエは慌てて確認しようと、その膨らみに手をかすめた。
「ッ……」
瞬間、感じたことのない感覚が内腿のほうへ広がった。びりびりと痺れるような。甘い刺激が。
もう一度さわってみる。と、やっぱり腰に響く気持ちよさがあった。
「なんなの……」
──ん?
「あ、あー……え?!」
自身の口から、すごく聞き覚えのある声が出ている。記憶をくすぐっていくのにだれの声だかとっさには思い出せず、もう一回発声してみれば、確実に自分の声ではなかった。というか女の声ではない。ちょっと意味がわからない。わからなすぎるので、ナマエはとりあえず深呼吸しようと窓辺に立った。
「兵長?」
途端、目を剥いた。兵士長の姿を窓に見たからだ。リヴァイが反射しているから。
──あっ……声! リヴァイ兵長の声かも!!
慌てて風呂場へ駆け込む。灯りは扉の外、起きた部屋からの陽射しでまかなう。
「嘘……」
鏡に映るのはリヴァイだった。声も絶対リヴァイのものだった。だけどこれはナマエである。ナマエが右手を上げる。すると鏡のなかのリヴァイは左手を上げた。信じられない。信じてなるものか。どんなおとぎ話だよ。摩訶不思議にもほどがある。
ああわかった、これは夢だ。
「二度寝してみよ……」
本来であればもう起き出して食堂へ向かわねばならないが、状況が状況なので致し方ない。寝るしかないのだ。ナマエは「やったあ♡」という気持ちだった。再び眠りにつけるなんて最高以外のなにものでもない。
今度はイスじゃなくベッドへ横たわり、窓の外でそよそよそよぐ葉を眺める。なんだかいつもの何倍もまぶしい。
──あ。そっか。
リヴァイの瞳は色素の淡いブルーグレイだ。自分よりずっとずっときれいな色のあの瞳は、光の受け止め方も自分とは違うんだろう。ナマエはぼんやり思った。
──ああ、でもこれは。
夢だ。
「っていうか!」
そのままおとなしく入眠すればいいものを、ガバッと起き上がったナマエはまたしても下半身を見つめる。そして自身の頬をぺたぺたさわった。ヒゲのしょりしょりなんかはないけれど、普段のナマエのほっぺたとはさわり心地が違う。うなじを撫でてみれば刈り上げてある。
──わたしは今、リヴァイ兵長……。
ということは。この下半身は。虫刺されで腫れているわけではなくて。ナマエの喉がコクリと鳴った。ごめんなさい、リヴァイ兵長。心のなかで謝罪し、腰巻きをわずかにずらしてみる。ジッパーに指をかければ下着があらわになった。本物がこの奥にある。夢だから、本物、ではないけれど。
しかし。・・・・・。たっぷり五秒考えたあと、これ以上はやめておくべきだと結論づけた。いくら夢といったって、リアルすぎる。ナマのブツを見てしまえば、現実でリヴァイと会ったとき、変に意識してしまいそうだ。すでに意識していて毎日心臓が苦しいというのに。
──これ以上兵長で苦しみたくないので、やめときます。
ナマエは主人公という役柄には不向きらしい。どうせすべてリセットされる夢ならば、あんなことやこんなこと、なにをしたって咎められないとわかっていて眠るのだから。きっとヒロインにすらなれないなあと、二十年以上かけて育んだ凡人止まりな思考をヨシヨシ労って。
まぶしい光のなかで目を瞑る。瞼がもうちょっと分厚ければいいと思う。リヴァイの瞼はこの部屋のカーテンと似て、とても薄い。
現実世界でリヴァイが感じるまぶしさが、もしもこれほどのものならば。ひどく攻撃的で強烈な光を避けられるよう、チョコレートよりもアイマスクを渡したくなる。
これがリヴァイにとってはもう、あたりまえのこと、なのだとしても。
*
廊下を走るべからず。
訓練兵団へ入団する前、ナマエがまだ十にも満たない子どもだったころ。通っていた学舎の廊下にそんな張り紙がされていた。
ずいぶん懐かしいことを思い出したと兵舎の廊下を駆けながら考える。そうして馬にも負けない速度でナマエが向かうのは大部屋、自分の居室だった。兵士長室で眠ろうと試みたものの眠れず(二度寝の申し子のようなナマエが!)、うんうん唸ってごろごろしているうち、もしかしたらこれは夢じゃないのではと恐ろしくなり、同時にある疑問まで浮かんだのだ。
ナマエの肉体とリヴァイの精神は、どこへいってしまったのか?
「っきゃあ!」
軽い力で押したと思ったのだけれど。リヴァイの身体で開けたドアは勢いよく跳ね返り、ナマエにぶつかった。イテテ……と鼻先をさすりつつ、自分の巣に帰る。
どうやら朝のお着替え中の時間だったようで、ナマエは同部屋の女子たちに視線を絡められた。ちょっと失礼しますよ、すみませんね、と肩を縮めて進めば。
「あっ!」
自分のベッドに自分がいた。スヤスヤぷうぷう眠る自分自身にひとまず安心する。肉体は消滅していなかった。そして不安も募っていく。
「あの!! あの……起きて!!」
口を半開きにしたまま幸せそうに寝ている自分の身体を、ゆさゆさ揺すった。
「もう! いつまで寝てるの?! 起きてってば!」
『ッ……?!』
二度寝の申し子の腕を掴み、耳もとで怒鳴ってみれば、起こすことに成功したらしい。耳を押さえて飛び跳ねた自分の顔がなかなかマヌケで残念になる。
『は?』
「おはようございます!」
『オ、オイオイオイ、待て、これはどういう状況だ……』
──ああやっぱり!!
悪い予感が的中した。ナマエは枕元に置いてあった手鏡をかざし、「兵長がわたしなんです! わたしが兵長で!」と叫んだ。
『あ……?』
「だからわたしが兵長で! へいひょッ」
『わかった。わかったから、少し黙ってろ』
手のひらが押し当てられた唇。言葉が堰き止まる。兵長は状況判断がとてもお早いのですね、さすがです、心強いです。なんて、ナマエは感激した。
『とにかく……い、一旦ここを離れるぞ』
「っぷはあ、はい!」
『返事はわかったでいい。……です』
「そんなことできな……ひっ」
胸ぐらをひっぱられて片手をベッドにつけば、『ナマエよ』と低音で囁かれる。毎日聴いている自分の声のはずなのに、そうではないみたいだった。
『まわりをよく見ろ』
言われたとおりに(胸ぐらを掴まれたままではあるけれど)慣れ親しんだ部屋を眺めると。
『……ここにいる奴ら全員、やべえもん見ちまったってツラしてんじゃねえか』
本当だ。着替えの手が止まってしまったまま、呆然としている者もいる。あ、可愛いねそのブラジャー。ナマエは声に出さず、アイコンタクトで同期に伝えた。
『いいか、ナマエ。お前は俺だ。なら、お前が今すべきことは?』
そうだ──ナマエはナマエだけれど、今だけは、リヴァイなのだ。こくりと一度うなずき、ナマエは
その後ふたりは寒々しく冷えた空気のなか、気まずさもいたたまれなさもそっちのけで、あえて堂々と部屋を出た。残されたナマエの同期たちが突然訪れた上官のおかしな口調や、その上官を心底好いているはずのナマエがとった胸ぐらを掴むという不可解な行動に、理解が追いつかないでいるとも知らず。
ちなみに。混乱しているのはリヴァイも同じだった。実はこの男、さっきだってなにもわかっていないままわかったと言ってのけたのだ。
混乱の渦中、把握できたことといえば。常々自分のものにしてやりたいと考えていた部下──ナマエと、入れ替わってしまったらしい、ということだけだった。