20241110







「なにしてんだ?」

 人気ひとけのない給湯室で、エレンはひとりの女を覗き込んだ。背後から声をかけたせいか、ナマエの肩がびくりと跳ねる。

「エ、エレン……」

 棚とエレンとに挟まれ、おずおずとふり向いたのはエレンの恋人だ。でも会えたことをちっとも喜んでいるふうではない。むしろ、悪夢に追い詰められたときみたいな表情を浮かべていた。
 どうしてこんな顔をするようになったのだろう。エレンは疑問に思い、そして同時に悲しくもなった。たしかに喧嘩はしたけれど。仲直りだって、ちゃんとしたのに。

「壜が……開かないの」

 ナマエが片手を掲げる。中身はジャムかもしれない。ガラス越しの赤、硬くて暗い色。

「貸せよ」

 エレンはほとんどむりやり壜を取り上げ、つめたい六角形に力をこめた。軽快な音をたててふたが開く。とたん、辺りの空気が砂糖をまぶしたようになる。甘い香りに包まれ、エレンは眩暈をおぼえた。これは、だれかからの貰いものだろうか。

「ほら」
「ありがとう」

 ナマエの口もとがほころぶ。視線を落とし、壜にしか意識を向けていない。まるで、エレンといることさえを忘れているみたいだ。ただただ、ふたが開いたことだけが、嬉しいようだった。

「なあ」

 エレンは一歩、踏みだす。

「お前、いまだれのこと考えたんだよ」
「……え、……と」

 まわりの景色が彩度を失くしていく。目を泳がせたナマエを見て、急速に。モノクロームの、ナマエ以外黒か白の世界になる。ジャムとヘドロの見分けがもうつかない。

「オレが当ててやろうか」

 恋人、のはずのナマエは、けれど後ずさった。焦りを貼りつけたおもざしで。
 エレンはナマエが後ずさったぶん、一歩ずつ、じりじりと距離を詰めていく。やがて彼女の背が棚にぶつかった。ナマエに近づけば近づくほど、胃の腑まで腐らせるような甘いにおいがただよって仕方ない。

「リヴァイ兵長だろ?」

 エレンは光の当たらない目でナマエを見つめる。そうしてまばたきもせず、返答を待った。







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