20241111
リビングでノートパソコンと向かい合っていた。視界の端には大きな窓。真っ赤な航空障害灯が、夜の奥でぽつりぽつりと揺れている。それを目印に飛ぶヘリや飛行機は、ナマエをどこまでも遠くへ連れて行けるのだろう。エルヴィンが連れ出すよりもずっと、ずっと遠くへ。
「エルヴィンさん」
声を掛けられてハッとした。ささやかなディスプレイが放つ光は思いのほか強烈らしい、目が霞み、ナマエがぼやける。
「どうした?なにか困り事かな」
「壜が開かなくて」
「おいで」
エルヴィンは自身の横を叩いてみせた。明るく弾む、革張りのソファ。そうしてとなりに腰掛けたナマエが持っていたのは。
「マロンクリームか」
「パンに塗って、一緒に食べませんか?」
人間である彼女と吸血鬼である自身とでは味覚が異なる。パンを口にすれば己の身体がどうなるか、どれほど苛烈な苦痛に苛まれるか、もちろん分かっていた。しかしそんな苦しみなどたいした問題ではないのだ。隠しとおせる。エルヴィンはきっとこの先も真実を打ち明けないし、パンを食べる。ナマエがふたりでと望むのなら、いくらでも。
「うん、いいね。賛成だ」
壜を受け取ると、ところどころ擦れているラベルが手のひらにざらついた感触を残した。月より金色のふたに手をかけ、あえて少し苦労したふりで開ける。
男女の力差もあるだろう。簡単にひらくような硬さであったけれど、でもこういうとき、人間と吸血鬼との差をあまりナマエへ意識させたくなかった。
「ありがとう、エルヴィンさん。こういうの開けてくるところも、大好き」
「……大袈裟だな」
エルヴィンは呆れたふうに笑う。
「大袈裟じゃないです」
「なら、次から毎回きつく閉めておこう。わざと」
「ええ?」
「そうすれば、開けるたびに同じことを言ってもらえるようになる」
ナマエも楽しげに笑った。この子の寿命は残りどのくらいだろう。彼女をとじこめている狭い空間のなか、独り、思った。ふたのはずれた壜からは、幸せの象徴みたいな香りがどんどん広がっていく。それがうすれてしまうことさえも、エルヴィンは恐ろしくてたまらかった。