とある調整日の朝/20210728
裸のまま。火照りも息切れも残した体のまま、二人でベッドに転がっていた。シワひとつなかったベッドシーツは、ゆうべから何度もかき乱されてくしゃくしゃだ。
少しの乱れも許されない。正しく在らなくてはいけない。いつでも整頓されている兵長の私室に来ると必ずそういう気にさせられた。そんななかで乱れるのは、心地好いことだった。
兵長越しの窓を見る。くっきりとした輪郭の雲が浮かぶ、濃い青空。夏の日差しが強い。蒸し暑さに全開だった窓が風を誘い、カーテンが空間を撫でるみたいに揺れた。
「いい天気」
つぶやいた私の視線を辿るように、兵長も窓のほうを向く。顔が見えなくなり、外を眺める様子をこっそり見つめる。
少しだけ耳にかかる髪の毛と、首筋を伝う汗と、頬の線と、まつげの先。まぶしい。肌と景色の境目が、光によって白くふち取られている。
「……こういう日は、屋上に出てみたくなるんです。それで一日中、日光浴するの」
「一日中? 焼けちまうぞ」
また目が合えば、鼻先同士もまた近づいた。
「健康的じゃないですか。小麦肌」
「小麦っつうより赤くなるんじゃねえか、こんだけ白いと。皮むけたら痛ぇんだろ」
重く、夕立に打たれたみたいに胸が沈んでいく。言葉に詰まって何も言えず、ただ笑ってみせた。
ふいにこめかみのあたりをなぞられ、思わず片目を瞑ると、張りついていた毛先がそうっと直される。兵長はそのまま起き上がり、再び夏空に意識をかたむけた。瞳の奥で何を見ているのか、気になった。
兵長には、忘れられない人がいる。
私は恋人でもなければ約束を交わして寝ているわけでもない、いわば都合のいい女だ。
話に聞いただけだけれど、兵長は愛し合っていた恋人と壁の外でお別れした。それから数年が経っている。
なのにも関わらず新たな相手を作らないのは、日焼けすれば赤くなってしまうような肌を持っていた人のことを、今も愛しているから。それ以上に愛せる人を、見つけられないから。
「まあ、外でひと休みするのも悪くねえが……今日みてえにクソ暑い日はやめておけ。お前に倒れられたら困る」
「じゃあタライに水を張って、足をつけながらにします」
「は、……そりゃあいい。干からびないで済みそうだ」
リヴァイ兵長は優しい。ふたりで過ごすたび全身を甘くひたひたにされて、溶かされる。
「兵長、」
やわらかい声が好き。名前を呼ばれると、怖いものなんて何もないと思えてくる。
たくましい腕が好き。抱かれると、自分が完璧になれた気さえする。
青灰色の虹彩が。夏でも低めの体温が。身体にいくつもある傷跡が。自分よりも他人を守ろうとして、決して痛いと泣いたりはしないような、苦しいほどの一途さが。
「……どうした?」
何もかもを、私は心底。
「もう一回、したい」
結局。
伝えたい言葉はいつものように飲み込んだ。気持ちがあると知られたら、全部が崩れてしまう。この関係は終わってしまう。リヴァイ兵長は、すごく、優しいから。
今こうして、頬を撫でてくれる指先だって、こんなに。
「足りねえか、まだ」
「全然」
「今からじゃ昼を過ぎる」
「構いません」
昼になったって、夜になったって。明日になったっていい。だから、ずっと傍にいてほしい。
きっと応えてみせるし、あたためるし、弱音も受け止めるし、寂しい思いなんか、させないから。遺してひとりで逝ったりしないから。
毎日そんな不確かなことばかりを考えて、傷ついている。明日も明後日も同じ。兵長が明日も明後日も、もう帰ってこない恋人のことばかりを考えて傷つくのと、同じ。
「だめだ。朝食を抜くな。お前最近、いくらか痩せただろ」
「……そんなことない」
「あるから言ってる」
「……もう一回だけ」
数秒の沈黙のあと。はあ、と諦めるみたいな溜息を落とされ、とたんに自分の言動を恥じた。
「ごめんなさい。戻ります」
そう言って起き上がれば。
「ここにいろ」
「でも」
掴まれた腕がベッドに縫いつけられる。真上にかぶさった兵長を見上げる。この人が好きだと、何度でも、思う。
「……あとで昼飯を持ってくる。お前が朝の分もしっかり食えたら、屋上の鍵を開けてやってもいい」
「え……日光浴していいんですか?」
「ただし長居はさせねえぞ。俺が終わりだと言うまでだ」
「兵長も一緒に?」
「帰ってこなそうだからな、お前。ひとりで行かせちゃ」
「あはは。帰ってきますよ」
私は、ちゃんと。
急に泣きたくなってしまって、声が震えた。上手に笑えている自信がない。兵長もちょっとだけ、泣きそうな顔をする。
一回。誤魔化すように口づけた。二回、三回。恋人と重ねたかったはずの唇、兵長の悲しみの回数。
彼女にはどう触れたのかを想像してみる。こんなに他人行儀な触れ方じゃなくて、衝動的な、本能で求めるみたいな強引さだったかもしれないと思うと、息の仕方がわからなくなった。
酷くする気のない手つきにどんどん溶かされていく。
私を愛していない兵長は、今日も優しい。少しも乱れずに、この歪な関係を正しく保とうとしている。