アルアニ前提アニ夢/20240821







 楽しい時間って、どうしてこうもあっけなく過ぎていくんだろう。ノートを取っているあいだや、バイト中の一秒は、何倍もの質量をもってふくらむのに。絶対におかしい。そういえば夏もあっというまに終わってしまうんだったな、と、たったいまお祭りの屋台で買ったばかりのわたあめの袋を見ながら考えた。袋にはアニメのキャラクターがプリントされている。抱えられるほど大きい蛍光ピンク。ちょうど、今夜アニが着ている浴衣みたいに明るい。

 並ぶ出店でみせとその隙間を埋め尽くすような喧噪のなか、神社の石畳と見つめ合うみたいにうつむきがちにいれば、少し先でからんころんと鳴っていた下駄が止まった。まるいかかとが後ろをふり向いたのが視界のはじに映る。正面に視線を向けると、夜を彩るあまたの色がまぶしい。屋台の看板、ぶら下がる電灯、おもいおもいの浴衣や甚平の華やかな模様、行き交う笑顔。

「ナマエ?」

 でもその真ん中で、一番あざやかなのはこちらをふり返ったアニだった。彼女はわたしが追いつくのを待つと、かすかに首をかしげる。アレンジの施されていない、まっさらなプラチナブロンドがなびく。そうして、置いてくよ、と言い放った。とても優しい、この夏の夜と似た口調で。

「あはは」
「……なに笑ってるわけ」
「置いていく気全然なさそうな言い方なんだもん」
「……」

 サッパリ無視、花丸がつくくらいの完璧なスルーを決められても、わたしが隣へ並ぶまで歩きださなかったアニのおかげで口角はずっとあがったまんま。

「アニ。花火いっしょに見ようね」
「そのために席取ってるんでしょ」
「うん」
「エレンたちももう来るみたいだから」
「……そっか」

 エレンたち。エレンとミカサと、アルミン。
 このままはぐれちゃいたいな、と思った。花火が見られなくてもいいから、ふたりで迷子になってしまいたい。花火の打ち上がる音だけを遠くに聴いて、夜に溶けていくカラフルな絵柄を想像しながら、アニとふたりきりでいたかった。

「あ……あれ買っていっていい?」

 アニが一点を指差し、歩くスピードをのろくする。そちら側をひょこっと覗きこむと。

「おもちゃの指輪? 欲しいの?」

 指が向いた先にはこまごまとしたおもちゃが──主に指輪が飾られていた。数人の子供たちがしゃがんでいる背中や、傍らに立つ大人たちが見える。

「違う。その右隣」
「イカ焼きかあ」
「アルミンが……イカ焼き、好きだから」

 アルミン。その名前が出たとたん、浴衣の合わせの部分をぎゅっと握りしめたくなった。浴衣を着崩したって、たとえ帯をほどききったって、この苦しさが失くなるわけじゃないのに。

「そうなんだ」

 どうにか明るく答えたはずの声はでも、お祭りの喧噪にかき消えた。

「ね、アニ。イカ焼きの前に指輪買おうよ」
「ええ?」
「いいでしょ? ふたりでおそろいにしよ」

 だってわたしには指輪が初めに目に入った。まるでそれだけがこの夜を照らしているみたいに映ったし、数々のリングだけが決定的なほどくっきりしていた。

「そんなのいる?」

 いかにも呆れたようにこぼすアニにうなずき、所在なさげだった彼女の腕をつかんでひいた。からんころん。ふたりぶんの足音がリズムを奏でる。

 食べ物の屋台に比べれば、並ぶ列は短く、思いのほか早くにわたしたちの順番がめぐった。ふたりで背を丸め、品物を見下ろす。アニは片方の耳に髪の毛をかけ、意外にも真剣に悩んでいる様子だった。祭りばやしが遠くで聞こえる。

 売られている指輪は四百円だった。ニセモノの宝石がついたゴールドのリングで、リングの裏側は割れているからサイズの調整もきく。おかげで子供用でもつけることが叶った。アニが選んだのは水色の宝石で、アイスブルーのような彼女の瞳にぴったりだと思う。わたしは黄色の宝石にした。まるで風におどるプラチナブロンドみたいだったから。

「アニはどの指につける?」

 イカ焼きの出店に並び直しながら尋ねると、彼女は迷うそぶりをした。

 そういえば最近、アニはいつもつけていたシルバーリングをつけていない。授業中、その指輪を気怠げにさすっている横顔に見惚れたのを思い出す。あれもたしか、夏だった。入学してまもなかったころの夏。クリーム色のカーテンが、ほんのわずかに開いた窓から吹きこむ風に揺られていて、とても暑かった日のこと。

「中指……かな」
「じゃあわたしもそうしよっと」

 ふたりで指輪をはめる。やっとふさわしい位置に落ち着けた、とでもいうように、指輪は辺りのライトを反射し甘やかに光ってみせた。

 長い列がゆっくりと進んでいく。その脇で、わたしたちよりも若く小さな男女、幼い子供ふたりがとなりの屋台で指輪を買っていた。屋台の前から離れると、彼らは互いの指に指輪をつけ合う。わたしとアニがそうはしなかったように。男女どちらともの、左手の薬指が飾られる。なんだか目が離せなくて、わたしはそのさまをじっと見ていた。
 アニは、と。指輪をはめた子供たちが遠ざかっていくのを見やり、口をひらく。

「どんな結婚式がしたい?」
「いきなりなんの話」
「気になったの。なんとなく」
「……どうだろうね。考えたこともなかった」

 だったらいま考えてみて。それでわたしに理想の式を教えて。わたし、アニのためならなんだって叶えるよ。アニがしたいことぜんぶしようよ。そう、堂々と言えたなら。

「普通のでいいかな」

 イカ焼きを受け取りつつ、情緒もなにもないままにアニは答えた。

「普通のって」

 わからないよ、とわざとふてくされるふうにすれば、だね、と返ってくる。そっけなく、でもあったかく。

「じゃあ、」

 式で、となりにいてほしいのはアルミン?
 そんな、聞こうとすら思わない質問が喉のあたりでうごめいた。聞かなくたって、答えはイエスだとわかっている。お互いのスマホが鳴り、グループチャットにメッセージが届いたために「じゃあ」の続きを追及されることはなかった。

 いつからかひとつの指輪を、お父さんから譲り受けたというシルバーリングをあまりはめなくなった指。やがてそこに、彼女はエンゲージリングをはめるんだろう。そして神さまの前で永遠を誓うのはわたしじゃない。

「……見えてきた。私らが取った席、あの柵の向こうだね」
「アニ」

 アナウンスが流れている。まもなく花火が打ちあがるという合図のアナウンス。このまま進めばふたりきりの時間は終わってしまう。楽しい時間って、あっというまに過ぎてしまう。アニといればそれはなおさらだった。だから立ち止まって、彼女を呼びとめた。数歩ぶん先へ行っていたアニがふり返る。

「どうしたの、ナマエ」

 なんで泣きそうになってるの、と顔を覗きこまれたことで、景色が潤んでいると知った。慌ててうつむけば少し垂れた前髪をすくうようにされ、唇が震える。力をこめる、下唇をかむ。ああ、せっかくかわいいリップをぬってきたのに。アニの前でこそ一番かわいいわたしでいたいのに、きっと、いまのでリップは落ちてしまった。ばかみたいだ、そんな些細なことで無性に悲しくなるなんて。

「どこか痛い? 靴擦れでもした?」

 ふるふると首をふれば、アニはなんなの、と表情を歪めた。

「じゃあなに。……アンタがそんなんじゃ、私も調子狂う」
「なんでもない。ちょっと、浴衣が苦しくて。食べ過ぎたみたい」

 本当に? と疑うような怪訝なまなざしをされるけれど、にっこり笑って再び歩きだす。

「ねえアニ」
「なに」

 わたしはアニのことが好きだよ。ぶっきらぼうなところも、そのくせまわりをよく見ているところも、口調はつめたいのに仕草が優しいところも、泣きたいわたしに気づいてしまうようなところも、人嫌いだったりするところも、宝石めいた心の繊細ささえもぜんぶ、ぜんぶが大好きだよ。

「……浴衣すごい似合ってるね。言い忘れてた」
「なにそれ」
「花火よりきれい」
「バカじゃないの。そんなわけないでしょ……それにまだ、花火見てもないし」

 つっけんどんに言いながらも、でもまあ、と小さく笑い、アニはまるい瞳を細めた。

「アンタもよく似合ってるよ、浴衣。かわいい」

 うすく微笑んだアニは、本当にきれいだった。
 だけど知っている。アルミンの前で見せる笑顔の美しさも、彼の前でだけやわらかく染まる頬も。そしてわたしはそのアニの横顔に恋をしている。もうずっと、恋している。真っ暗に思える夜だって、いっしょにいればちゃんと輪郭をもっているんだってわかるほどに、彼女はわたしのなかでの一途な光だった。

 アルミンが最低な男だったらよかったのに。最低な男で、アニを傷つけるような男で。そんな男からアニを守るヒーローみたいに、わたしはなりたかった。

 でも。わたしは、アニにも本当に大好きな人と結婚してほしい、幸せになって、みんなが憧れるような結婚式を挙げてほしいと本気で願っている。そこで笑って祝福したいと思っている。そのときわたしは喜びの涙しか流さない、嬉し泣きしかしない。失恋で泣くのは家に帰ってからにすると、もう決めている。

 ただ同時に、そんな日がこなければいいのに、と、ひどいことも思っていた。このままずっと傍にいられたらいいのに。ふたりぼっちの夜が終わらなければいいのに。明日がこなければいいのに。なんて願って、わたしは今日も。

「アニ、急ごっか。エレンたち待ってるみたいだし!」

 彼女の一番の友達のふりをして、アニを想う心の半分を殺して笑う。ただ、ただ、明日からも傍にいてほしくって、この関係がひび割れないように、笑ってみせる。

 となりを歩くアニと手が触れ合った。お互いの指にはまっているそろいの指輪が、ぶつかるのがわかった。手を繋ぐことは、怖くてできなかった。淡い夏のにおいがわたしたちをつつんでいた。たった四百円のちゃちな指輪が、いまのわたしのすべてだった。





明日がこなければいいのに、
なんて願ってわたしは今日も





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