年明けの話/20210108







 猫が丸くなるこたつはうちにはないし、みかんもさっきなくなった。咲いた花みたくきれいにむいた皮は、リヴァイが片づけてしまった。スジ取り職人の横で、ナマエのほうが多くビタミンCを摂取した。いまくちのなかに残るのは歯磨き粉のミント味だけだけど。

「ねーリヴァイー」
「なんだ」
「ひまだね」

 ベッドに寄りかかって床に座り、ひざを抱えてテレビを観ていた。年越しの歌番組。知ってる歌知らない歌、どちらにせよサビだけは歌える曲を聴く。

「ひま、だと……?」
「うん。いつもはハンジさんとエルヴィンさんと、エレンたちも連れて初詣いったりするじゃん。年越し」
「……そうだな」
「去年コニー、大吉出るまでおみくじ引いてたよね」
「……」
「あと覚えてる? エルヴィンさんの袴姿の写真、ハンジさんに見せてもらったの」
「…………」
「ねーリヴァイ聞いて、る」

 ぐりんと頭をまわして振り返った先で、ナマエを待ち受けていたのはベッドに座るしかめっつら。あぐらをかいたひざの上に頬杖をついて、見下ろしてくる三白眼。ちょっと、不機嫌初め、早すぎませんか。

「どうしたの?」

 ベッドにのぼって、近づいて、目の前に座った。視線の高さが合えば、眉間のしわは多少薄れたように思う。

「遅え」
「なにが」
「テレビを消せ。寝るぞ」
「えー」
「ほら、さっさとしろ」

 あごで使われ、ナマエはすぐそばのテーブルにあったリモコンで歌手に別れを告げた。これ観てから寝る、とナマエが言ったあと、リヴァイが即録画してたのを知っている。だからここは、譲ってあげましょう。

「うるさかった?」
「いや」
「眠れな、いの、……ってちょっと、重い」
「ああそうか」

 リモコンを置いたとたん引かれた体はあっけなく下敷きになり、体重をかけられてしまえば反撃力はゼロ。この男、細いくせして意味がわかんないくらい重い。

「潰れるうー死ぬうー。あ! ふ、あははっ……! それずるいっ……!」

 頬や耳たぶに鼻を寄せられ、食まれ、くすぐったくて笑いが漏れた――のも束の間。

「ぁ、……リ、ヴァイ、」
「……」
「っ、寝るん、じゃなか、……」

 ふさがれたくちびるが、真逆の季節みたいに熱くなる。リモコン係は任せてと頭上に伸ばした手で辺りをまさぐり、電気のそれをやっと見つけたと思ったものの。深くまで入りこんだ舌に気をとられた瞬間、奪われたリモコンが床をすべった。リヴァイはいつも明るいまましたがる。ひんやりした手が、パジャマのなかで優しい。

「……はあ、……遅えんだよ」
「な、にが」

 絶えだえの息を誤魔化し、ブルーグレイの目を見つめた。

「ベッドにくるのが」

 まるで駄々っ子のような拗ねた声に、思わず一秒遅れて「え」と返す。

「それで不機嫌だったの」
「フキゲン?」
「うん」
「俺が」
「うん。今もそういう顔してるよ」
「……電気消しときゃよかったか」
「あはは。可愛げのあるおじさんですね」
「チッ……うるせえな……」

 うなじの下に、筋肉質な腕が差しこまれた。ナマエの頭をきゅっと抱き、リヴァイも横に頭を沈める。どいてくれる気はないらしい。いいよ、ずっとこのままでも、と思う。
 ナマエは足に足を絡ませ、自分のものと同じ匂いを吸いこんだ。同じボディーソープの匂いを。たくさんある同じものは、たとえば毎日のごはんもそうだから、体のなかもかもしれない。

「……ひま、だとか言うんじゃねえ」ぽつり。耳もとで小さな声。「……俺がいるだろうが」

 ああ。この人はそうだった。一見粗暴でいじわるで、神経質なカタブツで、ずんずん先を行きそうなのに、ナマエを置き去りにはしないのだ。いつもぴったり寄り添って、独りにはしないでいてくれる。そして独りになるのを嫌がる、さみしがり。

「……毎年外で年越ししてたでしょ? だから家にいるのが変な感じで、出かけたかったの。リヴァイといっしょにいてつまんなかったわけじゃないよ」
「本当かよ」
「本当だよ」
「……ならいい」

 少し距離をとったぬくもりに、ナマエは腕をまわした。

「リヴァイ。あけおめことよろ」
「略すな、しっかり言え」
「リヴァイ、――大好きだよ」

 ほんの少し細められた目。また重なるくちびる。その、たまにしか見せないほほえみを、ナマエは心底愛しく思うのだった。

「なんだって?」
「好き」
「オイさっきと違うじゃねえか、……なに笑ってる、ムカつくな」

 なんて言いながらもすべらかに触れてくる指先を、きっと死ぬまで愛しく――。

「リヴァイ」

 大好きだよ、大好きだよ、何回でも言うからとなりにいてほしい。数えきれないようで数えきれてしまう、限りある人生の一日一日、そのすべて。

「愛してる」

 ナマエが言うつもりだった言葉。リヴァイに先を越されて、ナマエはきつく抱きついた。抱き返されればやわらかな熱が次々と欲を象り、離れられなくなる。……眠るのは、初日の出を拝んでからになりそうだ。





ふきげんはじめ





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