20231203







 指示されたぶんの本棚を確認し終える。でも、目当ての本は結局見つからなかった。ふう、と息を吐くと、書庫特有の冷涼な空気がかすかに揺れる。
 通路を引き返す。何台かの棚を通り過ぎたところにリヴァイ兵長はいて、私の足音に顔を上げた。

「ねえか」

 視線が手もとに注がれているのがわかり、「はい」と答える。兵長も両手を空けたままで、どうやら探しものは見つかっていないようだった。今回の資料作成において、欠かせない本だというのに。

「適当な位置に返却されてしまったんでしょうか」
「まあ、そんなとこだろうな」
「困りましたね……。なにか、別の本が代わりになればいいんですけど」

 兵長のとなりに並び、さまざまなタイトルを視界に入れる。兵団内の書庫は、たとえば王都の中央図書館や、街の書店のように計画性を持った陳列はされていない。けれど同系統の本がある程度ひとまとめにされてはいるので、代替できるものを探すことにした。

「……これなんかどうですか?」

 一冊を抜き取り、差し出す。兵長はそれを受け取ると、ぱらぱらと静かにめくりはじめた。奥にある採光窓からゆるい陽光が射し込み、文字の羅列を照らしている。
 ややおいて、ひとつのページで動きが止まった。白い指が紙の上をすべっていく。文章を確かめるように。
 私はそこで、初めて兵長の手をしっかりと眺めた。爪の短さも形も、ごつごつした関節も、私のとはまったく異なっていると知る。骨ばった甲や、手首でさえも。

「……使えねえこともねえが」

 急につぶやかれて心臓が跳ねた。目線を上げれば、兵長は相変わらずページに意識をやったまま。ふと、髪の毛までもが陽に透かされていると気づく。黒髪はわずかに茶色がかっていた。
「もう少し詳細な情報が載ってるもんが欲しい」
 了解し、返された本を仕舞うついでにその場でひざを折る。暇を潰すための読み物には向かないような、知識のみっちり詰まった本は、たいてい下段にひっそりと置かれている。
 いくつかを抜いては戻し、抜いては戻し。五冊目でようやく兵長に声をかけた。
 真横に気配が寄る。リヴァイ兵長も片方のひざをつき、私が渡した本を検めていく。いっしょに覗くみたいにして、内容をなにげなく追っていた、そのとき。

「……悪くない」
「んッ、!」

 吐息のような声がした。耳たぶのすぐ傍で。ぞく、としびれが走り、私も変な声を漏らしてしまった。耳を押さえて横を向く。兵長の、いつもどおりに鋭い瞳が私を見ている。

「あ、すみ、すみません……」

 さすがに誤魔化しきれない。気まずさが圧となり、つむじや肩や、精神面に重くのしかかる。

「!」

 スッと伸ばされた腕。兵長はそのまま、私の髪を耳にかけた。顔色にも表情にも変化はなく、なにを考えているのか、わからない。

「……あの、あの、へいちょ、……ッあ!」

 耳の輪郭をなぞられて、肩が震えた。くすぐったさに頭がかたむく。おもわず兵長の腕を掴むと同時、兵長の、指先が。私よりも低い体温が、カリ、と穴を引っ掻いた。
 瞬間、力が抜けて床にへたりこむ。指が離れても、動悸は一向におさまらなかった。

「わかりやすいな、お前」
「へ……」
「んな反応してちゃ、どこが弱いかすぐバレちまうぞ」
「……び、びっくり、しただけで……」

 我ながら苦しい言い訳をしている、という自覚はある。だけどどうしたって羞恥心には勝てないし、強がる以外ない。

「びっくりしただけ、な」

 は、と、浅い笑い声が聞こえた。兵長がおもむろに立ち上がる。

「……どうだか」

 薄闇の書庫では、見上げた先の表情を視認するのが難しい。なのに、ひどく愉しそうだと感じた。そんなふうな、言い方だった。

「立て。戻るぞ」

 身を翻した上官は、分厚い本を持って遠ざかっていく。靴音がどんどん小さくなる。

「オイ、ボサッとしてんな、置いてかれてえのか!」

 入口から叱咤され、私も慌てて立ち上がった。足が、ふらつく。
 体内にわだかまる熱を逃がしたくて、乱れた呼吸を必死に整えた。それでも兵長の指に皮膚をなぞられる感覚は、ずっと、消えてくれなかった。





兵長に弱点がばれる話





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