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布が擦れる音がして、リヴァイは目を開けた。腕のなかに閉じ込めるように、きつく抱いたままの女が起きた音だった。
「どこに行く」
リヴァイの腕を持ち上げかけた女の後頭部へ口づけ、体温をさらに抱き寄せて尋ねる。
起こしちゃった? とナマエは謝ってくるけれど、リヴァイはもうずっと、浅い眠りのふちを彷徨っていた。意識を手放すほど深く眠れば夢を見る。まるで現実と瓜ふたつの、ナマエがいなくなる悪夢を。
「……こっち向け」
「うん、でもその前に水差し取ってくる。ちょっと喉が渇いたの」
「あとにしろ」
「すぐ戻るから。リヴァイも飲みたいでしょ?」
「……」
返事をしないでいると、渋々といったふうに振り向く身体。その態度にささやかな不満を感じたものの、リヴァイはようやく力を抜いて、女の寝乱れた髪を整えた。そしてひたいにもキスを落とす。白みはじめる部屋。ナマエが反射的に下ろした瞼を上げるころ、窓の外にはたしかな夜明けが訪れるだろう。
「今日、雨にならないといいな」
湿度の高い室内で、ナマエがつぶやいた。
「新兵の子たちにとっては今回が初めての壁外だもん。私にとっても、分隊長としての初の遠征だし」
「不安か」
「どうだろう……わかんない。なんていうか、数時間後には壁外にいるんだって気がしないの。寝起きだからボケてるのかも」
しっかりしなくちゃ、と続けた声音に緊張感が生まれる。リヴァイは優しく、絡まった糸をほどくみたいにナマエの背をさすった。
「べつにボケてたって構わねえだろ、まだ。今何時だと思ってる」
「うん……」
「大丈夫だ。俺がいるだろうが」
こくんとうなずいた頭。その奥に見える、開けっ放しの窓。広がる重たい曇天は青空を覗かせない。一度ゆっくりまばたきをしてから、リヴァイは再び目を閉じた。
一糸纏わぬ姿で抱きしめ合い、重なる鼓動を探す。明け方だけが持つ穏やかな静けさに包まれる。この心地好いまどろみは永遠でもあるし、一瞬でもあると知っていた。夢と現の境が曖昧になる。現実味はとっくにない。
「ねえ」
「……なんだ」
「寝ちゃうの?」
「オイ、」
ナマエの指先がリヴァイの肌をなぞり、下りていく。悪戯に動く手首を捕らえ、指を絡めて繋いだ。甲に唇を寄せれば柔らかな笑い声が漏れる。リヴァイを落ち着かせる唯一の笑み。
「リヴァイ、好きだよ」
「知ってる」
「もう、いっつもそれ。もっとほかの返し方ないの? 俺も好きだとか、大好きだとか……愛してるとか」
「うるせえな……ねえよ」
「言ってみて、好きって」
「ああ?」
「一回だけ、ね? だめ?」
リヴァイが眉をひそめて見下ろしても、ナマエは期待のまなざしを濁らせることなく向けてくる。仕方がないので短く息を吐き、覆いかぶさるような体勢へと位置を変えた。青でも灰でもない虹彩を見つめる。
「お前の……目の色が好きだ」
「目の色?」
「髪色も、よく笑うところ……は、うざってえときもあるが嫌いじゃない。仲間思いで責任感が強いところも好きだし、あとはそうだな、声もいい。どんだけ遠くにいてもお前のなら聞き分けられる」
「え、あの……」
「アホくせえ寝顔も、泣き顔も悪くない」
「リヴァイ……」
「気持ちよくてわけがわかんなくなっちまってるお前も、可愛いと」
「リヴァイ!」
言葉を遮られ、リヴァイは口を閉じた。
「もう、いい……その、充分だから」
「もういい、だと? ほかの返し方はねえのか? なあ」
「……意地悪しないで」
「してねえ」
むくれた表情さえも可愛く感じながら、ナマエの頬をそっと撫でる。
「全部、本心だ」
一生傍に置いておきたい。壁外になど行かせたくない。いつでもそう考えているのに。
次になにを言おうかと迷った瞬間、とつぜん辺りの輪郭が濃さを増した。景色はどんどん現実味を帯びていく。数分後か、数秒後か、とにかくこのあとに自分が酷く傷つくであろうことを予感して、リヴァイはナマエを抱きしめた。強く、強く。
「ふふ。痛いよ、リヴァイ」
愛しい女は、リヴァイの名前を特別なものみたいに呼ぶ。それが本当に、好きだった。
愛していると伝えなければ。でも苦しくて、声にならない。だってすでに気がついている。
これは夢だ。
ナマエが生きていたころの夢。リヴァイがいつまでも忘れられない、最後にふたりで迎えた朝の記憶。
目醒めたくないと心底思う。同時に、胸糞の悪い最低な夢だとも思った。
腕のなかの恋人は、あたたかかった。