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陽射しが柔らかくなった午後、ティーセットをデスクへ並べていくナマエが最近読んだ本の話を聞かせてくるので、リヴァイは耳をかたむけていた。その手元は書類捌きに忙しく、目線も卓上に落ちている。
しかしナマエは文句を言わない。これが彼らの常であるからだ。調査兵の休息時間は束の間だし、幹部のものともなればまばたきをする一瞬ほどに短い。調整日もなにかと慌ただしくて、ナマエとの時間などほぼなかった。だからこそ、こうして紅茶が運ばれてくる午後は至福だ。毎回ナマエを引き止めてしまう。
他愛のない話をしたい。激務に追われてまともに聞いてやれない日もあるが、日々の出来事を教えて欲しい。なにより、声が聞きたい。
そんなリヴァイの気持ちを、ナマエもちゃんと理解している。
彼らは互いに互いが大切で仕方ないのだ。
「――運命?」
はたと手を止め、リヴァイは顔を上げた。ナマエの語る運命論が気になった。
「はい。この世のことはすべて、運命によって定められているそうです」
「……ほう」
「冷めないうちにどうぞ」
トレーを小脇に抱えて微笑むナマエの細い髪を、風が悪戯に撫でていく。リヴァイはかすかに目を細めた。逆光がまぶしいのと、胸底があたたかいのと。
「お前はその……運命とやらを信じているのか」
戻された羽根ペン。閉められたインクのボトル。紅茶の香りが木漏れ日のようにふたりを包む。
「ロマンがあるじゃないですか」
ロマンな、と。リヴァイはつぶやきかけた言葉を、おそろしく上品な味のストレートティーとともに飲み込んだ。そのときデスクの片隅に置かれたままの懐中時計が視界に入り、思わず蓋を閉じてしまいたくなった。それで時が止まるわけでもないというのに。
「あと、運命の相手! そういうのって憧れます」
「いかにも女が好みそうな話だな」
「兵長はお嫌いですか?」
「嫌いっつうほどでもねえが。……お前が俺に向けてくるもん全部、もともと運命に定められていたと考えると面白くねえだけだ」
言動も、表情も、感情も。さらにはリヴァイがナマエへ抱く想いもすべて、はじめから決まっていたとしたら。
「運命の相手じゃなけりゃ、お前は俺を選ばなかったってことだろう」
「ち、違いますよ! そんな壮大な話ではなくて」
「壮大じゃねえのか、運命ってやつは」
焦ったように両手を振るナマエを見て、は、と吐息にも似た笑い声が漏れた。壮大なんですけど、その、そうじゃなくって、えっと。しどろもどろな姿がおかしい。
「……まあいい。お前が運命を信じたいのはよくわかった」
「違うんです、兵長が運命の相手かもって、でもそうじゃなくても、」
「いい。気にするな」
「へいちょぉ……」
わざと暗い声を出してみればみるみる弱っていったナマエはまるで、ペタリと耳を下げる子犬みたいだ。ティーカップの陰にある口元で小さく笑うと、リヴァイはナマエを手招く。
「悪い。虐めすぎた」
「ええ?」
「焦るお前が可愛くてな。……運命でもなんでも、自分が信じたいものを好きに信じろ」
「もう、なんですかぁ……」
デスクをまわり込んできたナマエが呆れと照れ、安堵を綯い交ぜにした様子で言う。その手を取り、指先にそっと唇を寄せた。本当は、体ごと抱き寄せてしまいたいけれど。
「ただ、べつに運命があろうとなかろうと、今と変わることなんざひとつもねえよ。どうしたってこうなる」
ほとんど無意識に出た言葉。紛うことなき本心だ。しかしあとからあとからムズ痒さをおぼえ、訂正したくなった。女を甘やかしたくなったりこんなに大事に思うのは初めてで、リヴァイの調子も狂う。
でもナマエが。
「やっぱりわたし、兵長のこと大好きです」
と。心底嬉しそうに笑うので、訂正するのはやめにした。返事代わりに指先を一度撫でる。握り返されて満ちていく。
ほんのわずかな午後のひととき。紅茶が届いた執務室は、いつでもひどく穏やかだ。