柔らかに明けゆく夜






『黒が好きなんですか?』

 散歩をした日よりもあとで、スーパーへ出掛けた日より前のある夜のこと。他の色を身につけないリヴァイに、ナマエが首を傾げた。

 ダイニングテーブルにつかれた頬杖。ひじの付近にあるマグカップは湯気を立たせていて、ティースプーンを突っ込まれたままのミルクティーはほとんど白に近い。リヴァイの忠告を無視したナマエが牛乳をたっぷり注いだせいだ。

 ティーミルクになっちゃった──ひとくち飲んだあとで言い、でも美味しい、と渡してきたのでリヴァイも続いたが、まろやかな口当たりが重かった。

 ストレートティーが一番いいことをそのとき話し、シュガーもレモンもミルクも要らないと聞いて目を見張ったナマエは、『何も入れないほうがよかったですね。次はストレートティーの会にしましょう』と一人で決心していた。

 なんの会なんだか。思いながらもリヴァイはつっこまなかったが、それは以前のように面倒だったからじゃなく、『リヴァイさんの好きなものやっとひとつ知りました』とナマエが喜色を湛えたからだ。

『──着ていると落ち着く』

 リヴァイは大ぶりなマグに指をかけ、手のひらで湯気を浴びてみる。伏せた瞼でも視線を感じた。

『しばらくこの色しか着ていない』
『他の色を着たくなりませんか?』
『ならねえ』

 この先も、きっと。

『大好きなんですね!』
『ああ』
『ふたつめだ』

 ふふっと笑ったナマエはマグカップに口をつけ、こくりこくりと胃を温めていく。その正面でリヴァイは短い息を吐いた。尋問を免れたような心地がしていたのだ。

 黒。

 本当は好きでも、落ち着きさえもしない。血が付着しても目立たない、夜に紛れやすい、だから身につけるだけ。

 ここに来てから、嘘ばかりついている。

『白が好きなのか』

 リヴァイは問いかけた。それ以外の色を、ナマエは身につけない。ややあって置かれたマグカップ。スプーンが反動でカツンとぶつかる。

『嫌いじゃ、ない』
『好きでもねえと』

『……エルヴィンさんが』わずかに拗ねたような唇で、しかし愛おしげに名前を呼んだ。『エルヴィンさんが、この色しか着させてくれないの』

『ほう? 奴は案外、しみったれた野郎らしい』
『そんなふうに言わないで』
『違いねえだろ』

 ナマエを外へ出さない、交流もさせない、そのうえ服の色まで指定する。

『俺のほうがよっぽど充実した生活を送らせてやれそうだ』
『私、口説かれてるんですか?』
『悪いがガキは好みじゃねえ』
『ガキって……私大人ですよ』
『いいや。お前はクソがつくガキだ』

『……ウン百歳のリヴァイさんからしたら、ぴちぴちですけどねっ!』と怒り顔を歪めたナマエは、やはり青い。

 リヴァイは足を組み替え、窓の外を眺めた。代わり映えしない東京の夜景。それでもマグを運んで喉を潤すと、なんだか今夜以降、ミルクティーを一番に好きになる気がした。

『血が、目立つから』

 ナマエがぽつりと言う。
 視線を向ければ、同じく外を見ていた。

『白は、血がついたらすぐに分かるから。だから、白しか着ちゃいけないの』
『怪我を見落としたくないってか。過保護だな』
『……それもあるけど。自分が欲に負けたらすぐに分かるから、って。自制できてるつもりでも、我を忘れそうになるときもあるからって』

 白。

『エルヴィンさんの、自分への戒めの色なの』



「……っ」

 甘美を煮詰めたような味が舌に広がり、リヴァイの全身が痺れた。人間が舐めたらきっと吐きだしたくなるその味は、極上にとろけていく。

 リヴァイはおもむろに起き上がってナマエの首筋を見た。小さな二粒の血玉が割れて伝う。パジャマの上に羽織られた、片方がずり落ちたカーディガン。血は、落ちていないもう片側に染みた。

 じわじわ広がる赤を見ると、自戒を破ってしまったエルヴィンの気持ちが手に取るように分かった──などと言うのは些か傲慢だけれど。

「……なん、で……」

 血を吸わないの?
 ナマエの潤んだ瞳が、訴えかけてくる。

 尖った牙が刺さっただけの首元。リヴァイは吸引も注入もしないで鋭利な歯を抜き去ったのだった。本当は今にも喰いたい。わずかに感じたナマエの味、久方振りの血の味に喉が鳴る。

 でも、どうせこのあと死ぬのなら。

 ナマエの手首を離してやり、床に手をついた。いまだ激しい震えのせいで力がうまく入らない。視線を動かすごと、残像が幾重にも残る。

 こういう撮り方をしている場面が出てくる映画があった。タイトルは思い出せなかった。短期間のうちにたくさん観たからだ。ナマエと、たくさん。

「……お前の思い込みの強さには呆れちまう」

 廊下のライトが消灯し、時が止まったかのようになる。もしもナマエが泣いて暴れて乱れて叫んでいたら、辺りを包まなかった暗い闇。

「……俺がひどいことをしないとなぜ分かる? 決して殺されないと、なぜ言い切れる」

 ナマエの傍は、それでもひどく眩しい。だから息苦しい。

「エルヴィンが連れてきた男だからか。……そんな当て推量でよく強気に出られたもんだ」

 長い睫毛の眦から涙が落ちた。
 エルヴィンなら、どうあやしてやるのだろう。そもそもエルヴィンなら、ナマエを悲しみでは泣かせないのかもしれなかった。

「俺は……お前が思うほど優しくない」
「……で、でも。今だって私はまだ、ちゃんと、喋れてる」
「ちゃんと? 声が震えてる。怖いんだろう」
「リヴァイさん、こそ……声も体も、ずっと震えてる。……つらいんでしょう」
「そりゃあな。目の前にクソ美味そうな女がいるっつうのに喰えねえときた、つらいに決まってる」

 違う、とナマエが恐るるままに言う。

「喰えないんじゃない……リヴァイさんは、喰わない。殺せないんじゃない、殺さな」
「黙れ!」

 リヴァイの剣幕に気圧され、ナマエはびくりと口を閉じた。

「わかったふうな口を利くな」

 首から伝った血がシルバーグレーをも赤く染める。大理石には染み込まない。嬉し涙を流させてやれない代わりにリヴァイが与えたのは、醜い流血。

「……っ、じ、自分は稀なケースで、一般的な吸血鬼は毎日食事をするって、毎日人を殺す、ってエルヴィンさん言ってた。なのにリヴァイさん」
「俺だって、お前が寝たあとに出掛けてるかもしれない」
「もしそうなら、こんなに震えたり、しないでしょう」
「満月の夜はいつもこうなる。それだけのことだ」
「……私が魚を釣ったり、捌いたり、食すのと同じ」
「あ?」
「ブロック肉を見て吐き気を催さないのと同じ。残飯をごみ箱に放るのと……ヴァンパイアにとっての殺人は。だから罪悪感は抱かない、って聞きました」

 なにかを掴みたいようにすっと伸ばされた白い手が、リヴァイの口元に寄る。

「……でも、リヴァイさんは」

 ナマエは指先でそっと牙に触れた。他人にされたことのない感触に、リヴァイは当惑を浮かべる。センサーライトが点灯したおかげで、ナマエにも戸惑う青灰の目は見えているだろう。

“リヴァイさんは、ヴァンパイア、でしょう”
“なんで吸血、しないんですか……?”

「……俺が怖く、ないのか」

 リヴァイはヴァンパイアで、ナマエは人間で。凶器でもある歯によく触れるなと感心すらした。

「怖いです。……だけど」

 真っ白な指先が離れていく。

「リヴァイさんも、怖がってるから」

 ──怖がっている? バカな。なにを怖がる必要がある。見当違いなことを言いやがって。リヴァイは腹を揺すって笑いたくなった。

 しかしそうせず、真下の体を覆うように身を伏せる。ナマエの頭の横に頭を置くと、床で跳ねた毛先がくすぐったくて、逆を向いて瞼を閉じた。それでも血の匂いが強い。

「……最初に人間を殺した夜を、……今も覚えてる」

 ナマエは黙ったまま。
 リヴァイは冷静だった。体は自分のものじゃないかのようだが、思考は、落ち着いている。

「そいつは……押し倒されても悪足掻きをやめなかった。咬もうとした途端、拾った石で殴ってきやがった。石っつってもでけえヤツでな」

 世界が今ほど発展してなく、街灯もなくて闇が深かった頃。

 日本ではない国の、繋がれた手漕ぎボートが揺れる湖のほとり。水面には月が映る。周りの森は黒々としていて、空との境目は馴染んでいた。

 鮮緑の草が絨毯のようで、倒れ込んでみれば背高い黄色の花に見下ろされる。湿った土と清涼な花の香りを押しやり、リヴァイの脳天を舐めたのは、どろどろした重い匂い。

「だがそんなの、痛くも痒くもねえ。俺もやめはしなかった。そいつは暴れて……泣き叫んで」

“死にたくないっ! かみさま! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないっ助けてくれ、嫌だ!! 死にたく──”

「……一人殺ると楽だった。大抵の場合、誰かが訪ねてくる。知人だとか家族だとか……刑事だとかが」

 もれなく全員を屍にした。湖だろうが屋敷だろうがどこだろうが、呪われた地、いわく付き観光名所の出来上がり。そのうちココはホンモノだ、と噂が広まって、誰も近寄らなくなる。そしたら場所を変える。

「その、繰り返しだ。……一箇所に長く留まってなどいられない。誰かと深い繋がりを持つこともない。残っているものは、なにもない」

 リヴァイはナマエの想像が及ばぬほど幾度も夜に沈み、夜を呪った。朝に眩み、朝を呪った。

 思い出らしい思い出はない。そのなかでこの一ヶ月だけは色濃く、最近ぼうっとするとき、必ず出逢いからナマエを思い返している。脳裏で色鮮やかに流れる記憶はまるで、ショートフィルムのようだ。

「……リヴァイさんは、いつも……」

 頭を転ばせ、ナマエのほうを向く。ナマエはリヴァイのほうを向いていた。吐く息も吸う酸素も交じる近さに、やはり危機感がないな、と思う。涙は止まったようだった。

「映画を観ると、朝焼けと食事のシーンを気に入って……誰がなにを美味そうに食ってたな、とか」
「……お前はいつも、そういうシーンをあまり覚えてない。パイなんか出てきてないと抜かしやがる」

 だからもう一度観させたら、あたりまえに出てきている。そのたびナマエは新たな発見をしたみたく、目を丸くするのだ。

「リヴァイさんは」

 一拍の、躊躇のあと。

「そういう映画の、主人公になりたい」

 静かなひとことが胸を衝いた。ひそめられていた眉は上がり、三白眼は大きく開いた。瞳が揺れてしまう。

「朝陽を浴びて、食事したい。……でしょ?」
「……俺、は」

 なんとか振り絞って、発声する。

「なれない、名無しの、脇役にすら」

 ナマエが身じろいで、リヴァイのひたいに手をやった。目にかかった前髪をよける。見つめてくる眼差しが哀れんでいるものじゃないことが、救いだった。

 その手を取り、そうっと離す。
 そしてリヴァイはふらふらと立ち上がった。

「リヴァイさん……?」

 ナマエも半身を起こす。「どこに行くんですか……?」玄関まで壁伝いに歩く背後から困ったように訊かれたが、答えなかった。

 どうせこのあと死ぬのなら。最後くらいは悔いない選択をしたい。ナマエを道連れにしないで勝手に死ねばいい。だってナマエはリヴァイを優しいと言う。

「ま、待って……」

 本当は、ナマエが眠ったあとに出ていきたかった。今出ていったら、結局欲に負けて血を摂りに行くと思われてしまうだろう。殺しに行くのだと。

 リヴァイはかすかに牙の先端を舐めた。もうナマエの味はしない。

 監視は失敗した、俺はお前の恋人を殺しかけた、エルヴィンにはそう伝えなくては。一生恨まれても文句は言えない。しかしこのまま玄関を出て一直線に生を、夜を終える想像をすると、足取りは軽くなった。

 後ろをばたばた走る音が響く。スリッパを履き直さずに駆けたナマエの足音。リビングがバタンバタンとうるさくなり、急いているのが音だけで分かった。

「リヴァイさんっ、待って、行かないで!」

 今夜が満月でなかったら。リヴァイが毎夜吸血していたら。こんなに震えていなかったら。普段通りに動けたら。

 玄関にすら届かないうちにナマエに追いつかれるだなんて、ありえないことだった。

「ッ……?!」

 ゾク、と体中に本能がまとわりついて倒れそうになる。あまりの匂いの濃さに、リヴァイは亡霊のように振り向いた。

 床が赤い。今宵を照らす月と重なる。

「なに、してる……」

 果物ナイフを握るナマエの手は、ガタガタと鳴りそうなくらい揺れていた。

「ッ、……クソが!」

 すぐに駆け寄ってやりたいが、リヴァイは飢えている。考えなしに助けようと近づいて殺してしまったら元も子もない。先程までとは状況が変わって、血が、あふれているのだ。

 そんな葛藤などつゆ知らず、ナマエは動いた。傍まで来て腕を差し出した。手首、血の赤。ひじの部分でまくられているカーディガンの袖先は、染まっていた。

「こ、これで、殺さなくていい……?」

 切れ味があまり良くない、砥石を買わないと、とナマエが文句を垂れた果物ナイフ。それで深く切るのには、どれほどの力が必要だっただろう。リヴァイの表情が曇る。

「……私、まだ死にたくないの……」
「……」
「まだっていうか、本当はずっと死にたくない。エルヴィンさんと、生きていきたいの。……だから全部はあげられない。でもこういう夜……半分、くらいだったら、あげるから……それじゃ、足りない……?」

 半分も抜かれたら失血死してしまう。そう笑い飛ばしてやるべきか、知恵を授けてやるべきか。なんてズレたことを悩んだ。

「……要らねえよ。……すぐ手当てしろ」
「リヴァイさんは、どこ、行くんですか」
「お前に言う義理はない」
「また、ちゃんと帰ってきますか……?」

 鬱陶しい質問だと思った。

 リヴァイはナマエの腰を引いた。抱かれて驚くナマエからナイフを奪う。柄はじっとりと湿っている。それを投げ捨て、なまぐさい手首を掴んで舐め上げた。

「ふ、ぅ……っ」

 及び腰になるナマエを抱きとめる。震える腕をきつく押さえ、傷のなかにまで舌を這わせた。ぬる、とあえて開かせるように割り込む。リヴァイもバランスを保ちづらいので、ナマエを壁に押しつけて寄りかかった。

「いっ……あ、ッ……、」

 ぎりりと歯を食いしばって耐えようとしているが、痛みに喘ぐ声は次々とこぼれてくる。太い針みたいな牙を刺されるのとはまったく別の痛みなのだろう。

 胸元に当てられた手に服をぎゅっと握られる。
 そうしてしばらく味わった。

 最後に、傷ついた腕の内側をひじから手首のほうまでべろりと舐め、唇を舌で拭う。飢えは多少癒され、衝動を抑えられるくらいになっていた。

 ナマエはすでに虫の息というふうに弱り果てている。死ぬほど大量に失血したわけじゃないけれど、汗ばんだひたいも頬も、蒼白だ。

「……バカな真似しやがって」

 ナマエをその場に座らせると、リヴァイも片膝をついて上を脱いだ。それを腕に当てて圧迫する。救急箱かなんかはあるはずだが、場所を聞かなくては。

「この家」
「もう、終わり……?」
「……ああ」
「出ていかない、」
「ああ」
「良かった」

 ナマエの喉は掠れていた。

「ああ、良かった。哀れな犠牲者が生まれずに済んで」

 言ってからなぜこうも嫌味ったらしいのかと苦い気持ちになる。が、ナマエは「リヴァイさんも、犠牲にならずに済んだ」と安心したように頷いた。

「俺が? なんの」
「罪悪感……の」

 思わず圧迫を緩めてしまい、剥がれかけた服をナマエが自らで押さえる。リヴァイはその手をどかし、再び当ててやった。自分でできると言われたが、譲らなかった。

 欲に負けかけたリヴァイを軽蔑することもないまま、ナマエは肩で息をする。

 ほかの人間の命を救ったと喜んで欲しかった。ほかの人間のために手首を切ったと掲げて欲しかった。じゃないとリヴァイのための自傷行為のようだ。

 そんなのあまりにもくだらない。
 息苦しさが増していく。

「……初めて」

 リヴァイは一度言葉を詰まらせた。俯いて、床を見つめる。

「優しいと思われたままでいたいと、初めて感じた」

 監視など引き受けなければ。

 ナマエの声も名前も、ナマエに名を呼ばれることも知らなければリヴァイはきっと、怖がる己を見つけなかった。

 まばゆい朝焼けや、楽しげな食卓を求める己に気づかなかった。一人で死に、楽になってしまおうという決断もしなかった。優しいと思われていたいと感じることさえ、なかったのだから。

「リヴァイさんは……すごく優しいです」
「……とんだ勘違いだが」
「本当に優しいですよ。……リヴァイさんが知らないだけ」

 自分のことを知らないわけがない。そう思った直後、「自分のことって、意外と自分じゃ見えなかったりするんです」とナマエが言うので、リヴァイはびっくりした。

「……自分はガキじゃねえと喚くどこぞのガキみたいにか」
「誰のことですか」
「別に。例だ」
「リヴァイさん、」

 早く処置をしてやらないといけない。道具を取ってこなくては。なのに、続いたナマエの提案で立ち上がり損ねてしまった。

「私たち、友達になりませんか?」
「……友達?」
「エルヴィンさんが仲間、私が友達です……。深い繋がりを持って、……そしたら残っているものはないなんてきっと言えなくなりますから。思い出だらけになる」
「てめぇのツラの思い出か」
「はい」
「ぞっとしねえ話だな」

「ひどい」とまた尖った口は、しかし瞬時に微笑んだ。そもそも友達ってのはこうしてなるもんなのか、とリヴァイがつぶやいたからだ。提案に前向きだと察したのだろう。

「いいんです。始まり方は、何通りあっても。……よろしくお願いします」

 溜息ともつかぬ溜息を吐いて、リヴァイは首を軽く横に振った。お断りということではない。やれやれということだ。

「いいだろう、認めてやるよ」
「ええ……上から目線。私が初めての友達じゃないんですか……? もっとありがたがってください」
「お前……とことんまで性格悪ぃな」
「似た者同士、仲良くいきましょう」
「似た者同士だ? 俺は優しいんだろ」
「そういうところですよ……」

 リヴァイは今度こそ救急箱の在処を聞き、リビングへと向かった。いつの間にか、暗然たる思いは消えていた。

 摩天楼の外に、名残月が見える。迫る明け方。広がる空は桃や紫を下方に置いて、天高々な濃紺を薄めていた。

 東京の景色はやはり同じでつまらない。でも、ナマエがしょっちゅう外を眺める気持ちを少しだけ理解した。手当てを早く終わらせて、見せてやりたい。その頃にはリヴァイはもう、眩しいリビングでは過ごせないけれど。

「友達。……友達」

 なんとなくこそばゆい。背中がぞわぞわとして居心地の悪さを覚え、口に出すのをやめた。

 優しいと思われていたかったのと同様、リヴァイが人間との関係性に名前をつけたのは初めてだ。それから、朝を呪わなかったのも。







  

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