光の温度
ふたりの朝/20250115





 まっしろな光のなかにいるみたいだと思った。
 朝。カーテンを開けた南雲くんの、背中をベッドから見詰める。私の家だというのに我が物顔で立つ彼は、上下ともにダークグレイのスウェットを着ている。これもやっぱり私の家に置き去りにされてあるものだった。つきあいだして短いけれど、私の生活には南雲くんがもう、そこそこ、浸透している。

「まぶしい」

 つぶやいて、掛け布団を頭からかぶる。今日は朝から雪が降ると、昨日ニュースでやっていた。雪は本格的に降っているらしい。だからだろう、窓をさえぎるのがレースカーテン一枚になれば窓枠から覗く四角い空はまっしろで、まばゆい光に目を焼かれるような心地がした。
 ぎしぎしと床が鳴る。人の気配が近づいてきたのがわかって、口をひらく。

「もう起きるの?」

 たずねた私の声は不興げだ。ぬくぬくした布団をかぶって、いつまでも外を遮断していたい。敵意のある、とげとげしい世界、南雲くんに傷を負わせたり人を殺させたりするような、世界ごとを。

「うーん。そうだなあ〜」

 相反するような、柔い声が私の耳をさわって消えていく。南雲くんのくちぶりはやわらかいから、彼の声は私の身体や、部屋のどこかにふれるたび、すぐに空気と馴染んで溶けてしまうのだった。いつだって。

「まだ起きたくない?」
「うん」
「そっか〜」

 急に、ベッドへ侵入者が現れた。ずいぶんと大きな体躯、私より高い体温のかたまり。ふいに、でっかいわんちゃんを思い出す。ユーチューブで見た、飼い主のベッドに器用にあがりこむ真っ黒の犬。私も、動画の飼い主さんに倣って掛け布団をもちあげ、大きなわんちゃんさながらの彼氏をなかにお招きした。ふたりで寝っ転がれば、足が絡み合う。私の首の下に腕をさしこまれ、逆の手では腰を抱いてくる。くっつき虫だなあと呆れてしまうけれど、私もおんなじようにしてお互いの隙間を埋めた。どこか宙ぶらりんだった距離が、しっかりと埋まり、安心する。

「じゃあ僕ももうちょっと寝よ〜っと。……あ」
「なに?」
「それともナマエちゃん」
「っ!ゃ、」

 腰のあたりにあった南雲くんの手がそろ、と動く。私のパジャマの裾から入ってきた手のひらに、素肌をついとなぞられて背中が震えた。

「まだ起きないで、こういうことしたかった?」
「違うよっ。き……昨日いっぱいしたじゃん」
「あれ〜……」

 捕えてくる腕の檻から逃げだして、寝返りを打つ。南雲くんの表情は見えなくなってしまうけれど、安穏な二度寝ができそうだと、胸を撫で下ろす。

「ナマエちゃん」
「んー?」
「そっち行っていい?位置変わって」
「……へ?」

 首だけでふり返り、ぬばたまの瞳を見詰めると。南雲くんは宣言どおり、私と位置を入れ替わった。おかげで再び、向き合うかたちになる。なにが狙いなんだろう、と、内心訝しんでいれば彼は。

「僕さあ。ナマエと向き合ってたいんだよね」

 なんてことのないふうに、言ってのけた。またしても向かい合って寝そべり、抱きすくめられ、私も結局腕をまわす。

「……こんなの、バカップルしかしないよ」

 ぽつりとこぼせば、ええ、僕らって違うの〜?なんておちゃらけた言葉が返ってきておかしい。おもわず口角をあげてしまった。そうしてふと顔を上げれば、真夜中の瞳と視線が絡む。まなざしは正しく深い黒色だけど、優しくて、穏やかだ。

「ナマエちゃん、いま笑ってた」
「もー! 観察禁止っ」
「え〜、それは無理かも」

 自分の知らないところで、自分の一瞬一瞬をおさめられるのはなんだかこっぱずかしい。両手のひらで自身の顔をおおった。でも、すぐさま手首をつかまれてしまう。顔がまた、あらわになる。

「見せてよ。……ナマエの全部、僕に見せて」

 つかまれた手の、手首に唇を寄せられて、そこだけ体温の上昇するのがわかった。自分でもわかったんだから南雲くんにはとうにばれているだろうと思った直後、彼が目を細めて笑った。やっぱりお見通しなんだろう、と気づく。
 なんとなく悔しいから、ちょっと上のほうにある、長くてきれいな黒髪を撫でてみた。くすぐったいよ〜なんて言いながらも、南雲くんはされるがままでいる。
 あーあ。いとおしいという気持ちが、指先からあふれて伝わればいいのに。そしてあふれていった愛しさはすべて南雲くんに降り注ぎ、愛にまみれて窒息しそうな彼が鬱陶しげにしてくれたならいい。手ですくいたくてもすくいきれなかった、取りこぼしてきたぶんの愛が私にもあるように、きっと彼にもあるはずで、そのことがすこし寂しいから。

「二度寝しよっか」

 いっしょに、と。南雲くんが、囁いた。うんと答えれば全身が南雲くんの腕につつまれる。

「南雲くん」
「なあに〜?」
「南雲くんは」

 死なないでね、と。言いかけた口を噤む。殺し屋業をしている男に、かけるべき言葉ではない。
 なにを言おうとしたの?とか、そういった催促はなかった。ただ抱きしめる腕に力がこもった。胸もとに耳を寄せると、鼓動が聴こえる。南雲くんの腕のなかで目をつぶった。強くて優しい、たとえば私の澱みを浄化するような、まっしろな光のなかにいるみたいだと思えた。腕をまわし返すと、あったかかった。



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