is this Love?
20250625





 ヘッドボードに寄りかかって数独をしているところだった。

「与市くん」

 と、ナマエちゃんが声をかけてきたのは深夜零時を回った頃。お風呂上がりらしい、部屋着に身を包んで僕のいる寝室までやってきたかと思えば、ベッドに上がってくる。そのまま真横から、僕の手もとを覗き込んだ。シャンプーの淡いにおいが香る。

数独それ、まだやってるの?」
「うん」
「ふーん……」

 ナマエちゃんは長風呂だ。その間もずっと数字とにらめっこしていた自分に気づけば、いきなり集中力が途切れるのを感じた。もういいか、今日は。ナマエちゃんもお風呂から出てきたし。

「まだやる?」

 数独の冊子を閉じようとしたときに向けられた問いかけは、やけにとろんとしていた。その甘ったるい声が言外に匂わせるのは、「もうやめてほしい」、だとすぐにわかる。構ってほしいのかもしれない。首をかしげたまま、僕のことをジッと見てくるナマエちゃんが可愛い。

「もう少しやるかも〜」

 可愛い、から、意地悪がしたくなった。構って構ってとしつこくしてくることのないこの子に、こうして擦り寄ってこられるのは存外気分がいい。僕の返答を聞いたナマエちゃんがあからさまに眉尻を下げる。パズルを解く集中力はとっくに失せてるけど、夢中になってるふりをするくらい造作ない。

「……あとどれくらい?」
「うーん」

 曖昧に答えると、ナマエちゃんが数独の盤面を覗く。でもすぐに顔をくしゃ、とさせて「これ難易度なに?」と口にした。上級者向け〜と返せば、やっぱり……と小さくつぶやかれる。
 そこからは静かだった。僕が足首を組み替えるときの衣擦れの音、冊子の上を走るペンの音、覗き込んできているナマエちゃんのかすかな呼吸音、寝室に響くのはそれくらい。
 ペンを動すのをやめ、熟考してるそぶりを装いつつ隣を盗み見る。真剣な面持ちでパズルを眺めるナマエちゃんの、髪の毛先にしずくが浮いていた。それはやがてぽたりと垂れ落ちる。彼女は髪をしっかり乾かすこともしないままお風呂を出てきたらしかった。

「ちゃんと乾かさないとだめじゃん。風邪ひくよ〜」
「っ」

 ペンを握ったままの片手で、少し湿った毛先を梳かした瞬間だった。指先が彼女の耳をかすめる。途端、ナマエちゃんはびくりと肩を震わせた。僕の指が当たったほうの耳を押さえながら、ぱちぱちと何度も目をしばたたく横顔。……嘘でしょ、いまのでそこまでの反応するわけ?
 可愛い。可愛い可愛い可愛い、

「与市くん……」

 ナマエちゃんがぽつりと声をこぼした。

「んー?」
「あのね」
「うん」
「……したい、」

 あー……。なにその顔、耳まで真っ赤になってるじゃん。ていうか初めてじゃない? きみからおねだりしてくるの。

「ナマエちゃん」

 ごめんね、もうちょっと待てる? いまいいとこなんだよね。わざとそう言えば、ナマエちゃんは明らかに表情を曇らせた。僕とセックスできなくてガッカリしてるとこ、たまらないかも。

「わかった……」

 なんて、うつむきがちにぼそっとつぶやくさまを見て、胸が満ちる。
 本当はいますぐ構ってあげたいし、抱き寄せちゃいたいけど。まだ甘えてほしくて、欲しがる姿を眺めていたくて数独を続けた。ナマエちゃんは相も変わらず一生懸命盤面を睨んでいる。でもとっくに飽きてるんだろう、ときどき自分の髪をくるくるいじったり枕を抱きかかえて座り直してみたりと、落ち着かない様子でいる。
 ああ、違うか。飽きてるんじゃなくて、早くさわってほしいのか。ね、ナマエちゃん。



 どれくらいが経っただろう。計算しながらペンを止めれば、ふと、白い指にそれを抜き取られた。横を見やるとナマエちゃんは手を背中にまわし、奪ったペンを隠すみたいにしてみせる。

「……もう数独これしちゃだめ」

 彼女の言葉に、ふー、とひとつ息を吐いて冊子を閉じた。

「だめなの?」
「だめ」
「構ってほしい?」

 こく、と一度うなずいたナマエちゃんの唇が尖っている。怒り顔にも見えるその表情がいとおしくて、少し笑ってしまった。
 冊子を置き、両手を広げる。

「おいで」

 囁けばどこか遠慮がちに腕のなかにやってきたこの子を、僕は今夜、離してあげられないかもしれない。ナマエちゃんを上に跨らせて、彼女を囲うようにしたまま指を組む。

「それで?」
「え?」
「このあとはどうしてほしいの? ナマエちゃん」
「そんなの、……」

 いつもならキスをするタイミングだ。でもしないまま問いかければ、ナマエちゃんは口ごもった。
 頬をさする。びく、と肌を跳ねさせたナマエちゃんの髪を耳にかけて、下唇をゆっくり、なぞる。

「僕にどうされたい?」

 正面の顔がみるみるうちに弱々しくなっていった。眉尻どころか目尻も下げて、視線をうろうろ彷徨わせ、狼狽する姿は破壊力がすごい。

「……ちゅー、してほしい、」

 ようやく、と言ったようにねだってきた彼女に微笑み、くちづけると、お互いの口もとからはじゃれつくリップ音がした。角度を変えては何度も唇を重ねていく。僕に抱きつくみたいに腕をまわしてくるナマエちゃんの背をさすれば、ん、と小さい声が漏らされた。

「与市くん、」
「ん〜?」
「もっと、」
「足りない?」
「たりない……」

 ぎゅっとしがみつき、湿った声で訴えてくる彼女は正真正銘僕だけのものだ。そんなの、信じるのも怖いほど幸せなことだった。

「もっと、激しいやつして、」

 ナマエちゃんが僕の目の前で囁く。

「舌、舐めるやつ、して……」
「……」

 あーあ。今夜はこの子にたくさんねだらせようと思ってたけど。もう無理だ、

「あっ」

 ナマエちゃんと位置を入れ替わった。組み敷いて、両手とも恋人繋ぎにして押さえつける。見下ろせば潤んだまなざしに見つめられていて、どうしようもなくなってしまう。

「んん、」

 今度は初めから、噛みつくキスをした。自分から煽ってきたくせに、ナマエちゃんは上手な息継ぎもできないまますぐに呼吸を乱していく。それがまた可愛くて、さらに舌を絡めた。

「よいちく、待っ……」
「待つわけないじゃん」

 だって、きみでしょ? 最初に欲しがってきたのはナマエちゃんのほうだよね。

「ね、もっと欲しがってよ」

 耳たぶを甘噛みする。イヤイヤするみたいに首を振られてもやめてはあげない、加虐心を余計くすぐられるみたいで、ナマエちゃんを可愛がる手を止められなくなった。
 僕は、熱に染まりきった声を上げるこの子に応えてあげたいんだろうか。ふいに疑問が浮かぶ。それとも、自身の欲望をただぶつけたいだけなんだろうか──ああ、だめだ、もう、全然わかんないや。



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