04

 時間の10分前に車に乗り込めば、その数分後にも彼女が現れ隣の席についた。運転席にはいつもの男が乗り込み、振動もないままゆっくりと車は動き始める。暗い夜道を静かに眺めていると「早かったわね」と隣人から声を掛けられた。確かに今朝方自分は遅刻したようになっているが、決して遅刻をしたわけではなく時間を知らされていなかったのだ。本来なら時間にルーズではないし、そう思われるのは癪だと云い返そうと隣を見やるとてっきり皮肉めいた表情を浮かべているのだと思っていたが、そこには表情のない彼女がただじっと夜道を睨むように見詰めている。なんとなく出鼻を挫かれ云い返そうとする気が削がれた。適当に一言二言返したが、彼女の頭は任務に占領されているのか覇気を感じさせる言葉も視線も返されることはなかった。
 車は人通りの少ない道を進んで行き辿り着いたのは業務倉庫らしい場所だった。辺りを確認するため見まわしていると隣から視線を感じそちらへ向く。ピムスは口を開くことなく”GO”のサインをだしている。一度頷いて懐から銃を出し車から降りる。彼女は相変わらず自分では降りないようで、運転手が明けたドアから降りてきた。そして助手席に居た男と運転手の男の二人に倉庫の中を確認させ、暗闇に溶け込むように中へ入って行った。







 ピムスは2人の黒服の男を引き連れて建物の奥へと進んで行く。その手には銃はおろか武器になるようなものは持っていなかった。先ほどからターゲットとなっている男たちからの発砲はあるが、威嚇射撃なのか正常の精神で発砲できていないのか、先頭を切る彼女には掠りすらしていない。決して少ないわけではない銃弾の中を進む姿はただの少女ではなく、不可思議な雰囲気を持っている。
入口から少し進んだところで目標と思われる男を発見したが、こちらが口を開く前に気が付いた男たちがこちらに向けて発砲をし初め奥へ逃げていった。彼女は落ち着き払って男たちに指示を与え歩みを再開する。


「僕は何を?」
「見ているだけでいいわ。迷子にならないでね」
「迷子…まさか」


彼女は僅かに口角を上げてチラリとこちらを見やったがその瞳は笑っていない。冗談でも疑わしい行動をすれば撃たれそうだな、と肩を竦め銃を構えながら彼女の後へ着いていく。目標は彼女が手を下すことなく黒服の二人が排除していった。彼女といえば、まるで目標の場所がわかっているかのように、ただ前だけを見据え一瞬たりとも立ち止まることなく進む。


「No time left for hide and seek.(追いかけっこは終わりよ)」
「Pimm’s…!」


壁際に追い詰められ座り込む男が舌を打ちピムスの名を乱暴に吐き出した。男の銃口は真っすぐ彼女の頭部に向けられているが、彼女の言葉に躊躇いは見られない。逆に男は三つの銃口を向けられ窮地に立たされている恐怖からか、身体を大きく震わせている。裏切り者と云っていたが、自分が知らなかったピムスを外見だけでそう判別しているところをみるとコードネームを持つ地位にいるものだろうか。もしかしたらノックかもしれないが、顔はおろかコードネームすら知らない自分はそう簡単に口出しできないし、危険を晒してまで他国のノックを助ける義理もない。


「Where is your partner now?(あなたの相棒はどこ?)」
「Well, I think he probably died. (さあ、死んでるんじゃないか)」
「I see,That’s a shame.(そう、残念)」


運転手の男が持つ銃が静かに男の頭部を撃ち抜いた。彼が事切れるのをただ見届けたピムスはくるりと振り返り「帰りましょうか」と云った。殺された男の顔をしっかりと見届け彼女に倣い振り返ると彼女は男二人に残りを消すよう指示している。帰ったらこの男の素性を調べなければならない。しかしその前に確認したいことがあり声を掛けた。


「パートナーが残っているのでは?」
「彼は死んだって言っていたわ」


まさか、と思ったが彼女はこの話は終わりだとでもいうように既に出口へと向かい歩を進めていた。あの状況で云われた言葉を素直に信じられるだろうか?どう考えても、己なら一寸たりとも信じはしない。何か考えがあるのだろうと結論付け一歩踏み出したその時――「Pimm’s!!」身長の高い男が荷物の影から飛び出してきた。その手にはコンバットナイフが握られており、真っすぐに彼女へと向けられている。反射的に銃を男に向けるが瞬時にそれが間に合わないことに気が付く。


「ピムス!」
「Chris.」


彼の名前だろうか、クリスと名前を呼んだ彼女に何を悠長にと焦りで罵倒が飛び出そうとしたとき、白く細い手をナイフを持った腕に添え身体を半身にしてナイフを交わしたピムスの右脚が男の後頭部に強烈な蹴りを加えた。相手との身長差を考えて目の前の状況が俄かに信じられない程男は飛んでいき壁に全身を打ち付ける。当の彼女は軽やかに身を回し男に向き直るとコートの懐からその影に飲まれるような黒い銃を取り出し、静かにその銃口を向けた。


「Shame on you.(みっともない)」


サイレンサーの静かな音が辺りに響き、男はそのまま頭部を撃ち抜かれた。一瞬の出来事に呆然としてただ彼女の背中を見つめていると「彼が”パートナー”よ」と律儀に告げた。――もしかしてこうなることを予想していての発言だったのだろうか?自分は何もしてなくていいと云われたが、常時周囲への警戒は怠っていない。しかし男がそこに潜伏している気配は感じることができなかった。そしてあの身のこなしに身体と比べると少し扱い辛いであろう銃を何の苦もなく使って見せた。その容姿がカモフラージュになっていたとはいえ、自分の予想を遥かに超えた能力に少なからず戸惑いを覚える。ワンピースの裾を正すその背中に、彼女もまた強大な力を持つ組織の一角なのだと認識を改めていると彼女はこちらを振り向いた。


「わたしを非力な小娘だと思った?」


フフ、と悪戯にでも成功した子供のように微笑むピムスをじっとみていると、銃をコートの中に仕舞い大きな瞳を歪ませ「残念、ね」と答えた。


160527


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