03

言われるがままにポアロに通うこともどうかと思ったけれど、私と降谷のつながりはいまとなってはポアロだけだ。いつだって断ち切れる脆いつながりを繋ぎとめるように、私は二、三週間に一度ほど喫茶ポアロでお茶をするようになった。当の降谷が毎回いる訳ではなかったけれど、お陰でマスターや梓さんとも少し打ち解けられたように思う。

「ねーねーお姉さん、これ落としてるよ」
「えっ…あ!ありがとう」

ポアロへ通うようになって片手の数を少しだけすぎた今日。今日は安室くんはいない日だったようで、テーブル席で読書をしながらのんびりアイスココアを飲んでいると、眼鏡をかけた男の子の手がテーブルに伸びてきた。どうやら本に挟んでいたしおりが落ちていたらしい。お礼を言うべく目線を合わせると、なんだか見た事がある顔がそこにはあった。

「工藤くん、」
「…!」
「の、弟くんかな?新一くんにそっくりだね、君。」
「そ、そう!ボク、江戸川コナン。新一兄ちゃんのいとこなんだ!」

えへへへへ…と頭をかくその子は、本当に帝丹高校一の有名人にそっくりだ。工藤くんは一年の時から成績もよくて運動もできて目立っていたけれど、なにより目立っていたのは事件の遭遇率と、その事件を瞬く間に解決してしまう推理力だ。そのせいでなにかと忙しいらしく、最近はほとんど姿を見ない。そんな彼はこの間文化祭で久々に見た時も不敵な笑みを見せていて、こんな風に可愛らしく笑うことはなかったな。

「ところでお姉さん、蘭ねーちゃんの学校の先生って本当?」
「蘭ねーちゃん?毛利さんとも知り合いなの?」

あ、でも毛利さんと工藤くんは幼なじみだったか。それならコナンくんが毛利さんと仲が良くたって何も不思議じゃない。

「ボクいま蘭ねーちゃんの家に居候してるんだ。それで、さっき梓さんとの会話が聞こえちゃって…」
「そうだったんだね。本当だよ、毛利さんの学年の数学…算数を教えてるの。」
「へえ〜!頭いいんだね!すごーい!」

テーブルより少し高いくらいの背丈しかない、かわいい男の子だ。思わずその頭に手を伸ばす。

「わ!や、やめてよ〜」
「あはは、可愛いなあ」
「かわっ…!」

顔を真っ赤にして言葉をなくすコナンくんに笑みが深まる。まだかわいいを嫌がる歳じゃないかと思ったけれど、意外におませさんなのだろうか。

「ボクのことはいいから!それより、」

がらりと表情が変わる。それは、あの工藤くんが文化祭の時に見せた、探るような。それはまるで。




「安室さんと友達っていうのも、ほんと?」

探偵のような顔だ。

「本当だよ。コナンくん、安室くんとも知り合いなんだね」

探られているのは分かる。もしかしてこれを聞くために話しかけてきたのだろうか。だとすると、中身まで工藤くんそっくりなのだな。けれどどうしたってその見た目はかわいらしくて警戒心を持つ気にならない。この子がもし悪い子だったなら私はいいカモなのだろうけれど、ある程度身元をこちらに明かしたこの子はきっと本当に探っているだけだ。
それに、会ったばかりの男の子に詮索されるようなことがあるのは私ではなくて多分安室くんの方だろう。

「安室さん、毛利のおっちゃんに弟子入りしてるんだ。でも、安室さんの知り合いってあんまり見かけないから…ボク、気になっちゃって」
「毛利さんのお父様の…?知らなかった」

初耳である。それも仕事のひとつなのだろうか。
私が安室くんとする会話にさして中身なんてない。天気の話だとか、近くであった事件の話だとかたまに私の学校での話もするけれど、安室くん自身の事は語られなかったし、私も聞いていない。

「え、知らなかったの?友達なのに?」
「そういう話はあんまりしないかなあ。」

コナンくんは、きょとんと眼鏡の奥の目をまんまるにして首を傾げる。

「そんなに可愛い顔したって、私、安室くんの事はほとんどなにも知らないよ」
「ぼ、ボクは別に…!」
「あはは、コナンくんも探偵さんみたいだね」
「あー!そうなんだ!ボク達、少年探偵団なんだあ!」
「ボク達?他にもメンバーがいるの?」
「うん!五人でやってるんだ。それで、安室さんって謎が多いから調査してみようって」
「そうだったんだね」

あの視線はそんなお遊びで探っているようには見えなかったけれど、コナン君がそういうならそうなのだろう。
けれど私は安室透については、誕生日さえしらない関係だ。友人だと彼の口から言葉にしてくれたからかろうじてその位置に収まっているだけで、安室くんと私の関係はあまりに薄かった。
降谷の事なら多少は分かっているつもりだったけど、会わない間に変わったことなんて山ほどあるだろう。しかし何せ降谷としてはあの日以来会っていない。今の降谷について私はなにも知らないし、安室くんとしての事だとしても、この子達の方がよほど知っていそうだ。

コナンくんの言う通り、なにも知らないのに友人だなんて、よく考えてみたらおかしな話だ。

「…お姉さん、……お姉さん?」
「っ、ごめんごめん。」
「ボク悪いこと聞いちゃった?」

つらそうだよ、お姉さん。心配そうな顔をしたコナンくんに大丈夫だよ、と返して頭をもう一度くしゃくしゃ撫でる。今度は抵抗されなかった。





私だって、安室くんについて知りたいことがある。