クリスマスの話
白い息を吐きながら帰路を歩き、家の鍵を取り出そうと鞄の中を漁る。寒いから早く家に入って暖まりたいなあ、などと思いながら乙女は鍵を探すのだが、問題が一つ。
「鍵、無いんだけど」
もしかして鍵を閉め忘れた? 万が一強盗が乗り込んで来たとしてもあの男なら大丈夫だろう……と思いつつ乙女はドアノブを捻る。
「開かない……」
インターホンを押せば気づいてくれるかもしれないと思い鳴らしてみるも、無反応だった。どうしてこんな時に限って居ないんだ。そして律儀に鍵を閉めているんだ。乙女は奇妙な同居生活を送っている男、立花宗茂を思い浮かべた。
ひょんなことから乙女は戦国時代からやってきたという男、立花宗茂を養っている。
少ない収入でどうしてこんな得体の知れない人間の世話を焼かねばならないのだと思いつつも、それなりに生活は成り立っていた。
自由すぎる彼に振り回されるのは大変だが、一人寂しく暮らしていた乙女にとって刺激的であったし、何よりも彼の話を聞くのは楽しいと思っている。既婚者ということには少し辟易したが、今のところ何の過ちも犯していない為まあいいか、と楽観的に考えていた。
立場ある将なのだから早く元の時代に戻って元の役目に就いて欲しいとは思うのだが、いかんせん戻る方法は二人にも分からないということで、宗茂はかなり自由に過ごしていた。
「どこ行っちゃったんだろうな[D:12316]」
乙女はため息をついた。
身分を証明するものが存在しない為出来るだけ一人で出歩くなとは言っているものの、彼の普段の様子からするとかなり出歩いているというのは明白だった。なんで現代に適応しているんだろう、この人。と乙女が思うこともしばしばだ。
毎日家に居させるのもどうかと思い、近所のスーパーくらいなら一人で行かせても大丈夫だということでお金を渡せば、「最近の栗は棘が付いていないのだな」という言葉と共にむき栗を買ってきたこともあった。それなのに自分で栗を食べておきながら「栗は嫌いなんだ。お前が食べてくれ」などと言ったことも乙女の記憶には新しい。一体何がしたいのかが分からない行動を取ることも多いが、その度に不思議と乙女は笑顔になったものだ。
それでも、流石にこの寒い中突っ立っているのは嫌だなあ、と乙女は思う。ただでさえ仕事から帰ってきたばかりなのだから。
さてこれからどうしようかと乙女が考えようとした矢先。
「どうしたんだ、こんな所で立ち止まって」
紛れもなく宗茂の声だった。乙女が鍵を忘れたのは自分の責任であるのだが、やりきれない気持ちをぶつけてやろうという思いで彼女は振り返った。
「あなたが外出してたから入れなかった……あれ? 何、それ」
またスーパーで変なものでも買ってきたのではないかと思っていた乙女の目に入ったのは、見慣れない紙袋だった。
「今日はクリスマスだろう。ケーキを買ってきた。たまにはお前も、息抜きが必要だからな」
「クリスマス……そう、そっか、クリスマス、だったんだ」
最近は忙しくて日付を気にする余裕もなかったということを宗茂は知っていたらしい。きっとテレビやらなんやらで、知識を得たのだろう。宗茂らしからぬ振る舞いに、乙女は心がじーんと暖まるのを感じた。体は冷えているが。
「俺の居た時代にも、クリスマスを理由に戦いを休戦したという奇特な奴が居てな。お前も、今日くらいはゆっくり休むといい」
またもや宗茂らしからぬ発言だと乙女は思った。たまには良いところもあるじゃないか、と感動する。
「また変なもの買ってきたんだと疑ってたけど、たまには嬉しいことしてくれるのね。ありがとう……。って私、鍵忘れちゃったみたいなの。開けてくれない?」
そんな過ちを犯すなんて珍しいな、と宗茂は呟き鍵を開けた。家の中も冷えきっていたが、乙女は晴れやかな気分だった。自然と笑みが零れた。
「そう、その顔だ。お前は笑っていた方が格別に綺麗だ」
急に顔を近づけられてそう言われたものだから、乙女は怯む。が、宗茂のこういった発言は既婚者の余裕というやつで、本気で自分に向けられたものではないということを乙女は十分に理解している。
「また冗談だ、って言うんでしょ」
乙女も負けじと言い返すが、宗茂はそれに対しては何も言わなかった。
代わりに彼が言ったのは「こんな寒い日は雑炊が食べたい」という一言で、「前に雑炊は嫌いだって言ってたじゃない」、と乙女は悪態をついた。
(冗談だって言ってくれないと、いつか本気で好きになっちゃうな)
美味しそうなショートケーキを冷蔵庫に入れながら、乙女はそう思ってしまうのだった。
(20231215)