望まずに愛するにはどうすれば
顔の美醜で人を判断したことは今まで一度もないなどと、乙女は胸を張ることができない。それは自分が不美人の烙印を押されて育ったからだった。自分がその顔で不利を被っていたからこそ、人を色眼鏡で見てしまう。まだ成長の途上にある他人の子を見て、男ならいざ知らず女ならば自分のように苦労するだろうとその将来を勝手に案じて憐れむことがあった。乙女の父が彼女の嫁ぎ先探しに奔走したことも知っている。直接乙女に言うのではなく、何某が父に娘は親不孝だと言ったということも聞いている。最も父親に対して何か詫びようという気は起こらなかった。

乙女が不美人だと称されるのは疱瘡のせいで顔の半分をその跡で覆い尽くされてしまったからだ。髪で隠すにも限度がある。乙女とてこなような理由で視界が効かぬのは嫌だったが仕方があるまいと我慢し続けていた。父親が乙女のことで悩む原因は母親と並んで彼女という存在にその命を与えたことで作られたわけではなく、乙女にもその罪はない。親不孝者と罵られても乙女は動じなかった。

「お前は美人だよ。……なんだ、俺が嘘を吐くような男だとでも思うのか?」

そんな中で、吉川家に養子として入った男、元春だけはそんなことを乙女に言った。元春立っての希望で乙女を貰い受けたいというのだから、乙女は驚きや喜びよりも前に呆れが湧き上がった。乙女の心は歪みきっている。人を信頼することができないでいるのだ。元春という男は一見すると竹を割ったような性格に見える。だがそれは表向きの話である。戦いを好み強い敵を打ち倒すことに喜びを感じる裏では父の影を思わせる策謀を描いている。そんな男なのだ。

「そう言って私を揶揄う男は山ほどいますから」

よくある手口だった。乙女への「美しい」という言葉は褒め言葉に見えた侮辱だった。その顔を見れば分かる。本心で言ってはいまいということ程度。ぬか喜びさせようとでもしているのだろうが、そのような浅ましいやり方は乙女に通用しない。元春も結局そのような男と同じ類いなのではないかと乙女は値踏みしているのだ。父親は涙を流して乙女を元春へと差し出したが、乙女は元春の態度次第では彼の体から血を流してやろうとすら思っていた。手段は一つではない。二人きりであればその機会は幾度となく訪れるだろうと。

「馬鹿か。……あのな、俺は面食いだぜ? 本当に醜女ならせがまれても願い下げだな。他の奴らはどうだか知らねえが、俺は遠目からお前を見ただけでお前を嫁にすることを決めた」

元春は一心に乙女の、片側だけ露出した瞳を見ている。ここまで人に見られているという状況ですら、乙女は初めて経験するものだった。大概の人はすぐに目を逸らすからだ。乙女だけが逸らさずに相手を見つめていると、男共はすぐにその場を立ち去るのだ。軟弱な者しかいないと乙女は憤慨したことがあった。そのような男は戦場でも敵に睨まれたのちすぐに背中を見せるのだろうと思った。そうしないだけで、元春の言葉を受け入れる気になった。元春は睨まれた程度で敵に背を向けようとしないだろう。寧ろ強敵に出会えたことに歓喜し打ち負かすべくその武をこれでもかとばかりに発揮するだろう。逆にいうと、元春の持ちうる武の使いようはそのまま今も存分に呈されている。

これを逃せば本当に機を失うと乙女は思った。これしきのことだけで人間性全てを暴くのは不可能に近しいが、これまで乙女が出会ったどの男よりも元春は信じるに値すると思った。それほどまでに乙女は人の縁に恵まれていなかった。

「お前からすればそれも信じねえだろうが、まあ見てな。俺が一途だってことをな」

元春のこの言葉は真実だった。彼は余程のことがない限り真っ先に乙女の元に帰ってきた。周囲から「妻があれでは溜まるだろう」と娼館に誘われていても断っていたし、加えて側室の勧めも全て拒絶していた。耐えかねない下世話な話には元春もついに声を荒らげていたという。乙女が何か不便を強いられる事もなかった。




乙女はこんな噂を聞いた。

それは元春が乙女を娶った理由に関するものだった。

醜女である乙女を娶るということにどんな意味があるか。それは、誰にも貰われることなどないと思っていた娘を娶った恩義として、乙女の父は一生元春に対して命を懸けてまで尽くすだろうというものだ。

女は政略のために使われる。それは乙女にとっても疑いようのない事実だ。それは構わない。ただ元春があの時言った言葉は真実ではなく、心の奥底では他の男と同じように醜女と思っているのならば。乙女はかつて、元春が信に足らない人間だったり陰で侮辱するような人間だったならば、夜伽の隙にでも刃を突き立てることもやむを得ないと思っていた。しかし、今はもうそのような気分にはなれない。

元春に不満はない。醜女だと思っていながらあの態度を貫いているのも、直接言わないだけ良いではないかと思う自分がいるということを乙女は認めている。寧ろ昔とは違い、直接それを言われてしまうほうが怖いのだ。

「お前さ、何か隠し事してんだろ」

乙女は何でもないと言ったものの、早くもその真意を見抜かれているようだった。元春からすれば毎日眺めている女の違いを見破るなど造作のないことだったのだろう。

「……お前が言いたかねえなら、無理には聞かねえよ」

「元春様……」

「人を疑うのは良い女の証だ。……お前になら殺されても文句はないな」

乙女は無言で元春の袖を引いた。

「お前が俺を疑おうとも、でたらめな話を広められようとも、戦で味方に寝返られようとも、お前が見てきた泥犂に比べりゃ軽いもんだぜ」

乙女は元春の胸元に引き寄せられた。規則正しい心音が聞こえる。

(20251017)
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