嘘を吐きにまたおいで
三成が、半兵衛に伝えたいことがあるがどこにいるか分からずに困っている、と乙女に言った。彼女が半兵衛の自称、弟子であるからこその発言だった。だが乙女はわざと間違った場所の名を三成に言った。三成のことは別に嫌ってはいない。ただ、その師匠の影響もあってか、自分たちとは全く違う人種のように乙女は感じるのだった。軍師と(半兵衛の言うところによると)小役人程度、比べるのも間違っている。分かり合えることもない。彼らが慌てたところで、軍師は彼らの仕事に関わる必要など本来ならば存在しないのだ。乙女は三成がデタラメな方向に向かっていくのを見届けてから、周囲の兵や将から隠れるようにしてその場を去り、屋根の上を軽快に登った。

「師匠。やっぱりここにいた!」

乙女は屋根の上で寝転がっている半兵衛を見つけて、同じようにして隣に寝た。ごつごつとした瓦が背中に当たるのもおかまいなしに、柔らかい陽の光を浴びた。

「さっき、誰かさんが俺の事探してたでしょ」

半兵衛は乙女の声に目を覚まして欠伸をした。その仕草はいたずら好きの子供のようだ。

「私が全然違う場所にきっちり誘導したので、師匠は気にせずお昼寝していても大丈夫です!」

「やるう。……でもさ、そこまで気を回せるんだったら、俺のことも放っておいてくれない?」

乙女が名乗る弟子という称号が、自称でしかないという理由が半兵衛の一言に詰まっていた。

「う……でも、私も師匠と一緒にお昼寝したいんですよ? 私はお昼寝が、単にサボるためのものではなくて、ちゃーんと頭を休めるための、必要不可欠なことだってこと分かってますから、ね」

「そこはありがたいんだけどね〜。君は物分りがいいし。俺がこうやっていても、揺さぶり起こすなんてことはしないし。でも、俺をぴくりとも動かさずに隣で寝るくらいじゃないと、まだまだ弟子としては認められないなあ」

「……でも、私が何も言わずに隣にいたら、師匠はびっくりしちゃうでしょう? 心臓止まっちゃうかも」

「それくらいで心臓止めてちゃ、俺戦場になんか行けないよ。流石に見くびりすぎ」

「あは、冗談です。……師匠と話すのが楽しくて、つい声を出してしまいます。まだまだだなあ」

半兵衛がこうやって眠ることを日課としているのは、単に仕事をサボりたいだとか、そんな安易なものではないということを乙女は知っている。

彼は己の身の丈に合わぬほどの仕事を背負い、いかにして戦いにおける人死にを避けることができるのかを日々模索している。乙女のことを真面目に弟子としてはあまり見ていないながらも、自らの宿命について弱さを見せたことすらあった。軍師というものは、呪われた仕事だと。

可能であれば、軍師なんか辞めて本当に好きな時に寝たり、好きなものを食べたりする生活を送ってほしいものだと乙女は思うが、不真面目に見えてもそれを誰よりも許せないのが半兵衛自身であるということも知っている。理解者である為には、隣にいなければならない。それ以上の選択肢を、乙女は持ち合わせていない。

「……俺に対して、猫みたいに忍び寄ってきたらさ。本当に弟子として認めてあげてもいいかもね」

「猫みたいに?」

「そ。音もなく、気配もなく。俺の隣に陣取れば、成功だよ」

「確かに師匠なら、猫みたいに動けそう……」

「俺、生まれ変わったら猫になりたいからさ。今みたいに大きな責任なんて背負わなくてもいいし、好きな時に昼寝できるし」

「今からその練習をしろってことですか?」

「そういうこと。そうすれば、君は猫になった俺に対して、簡単に近づけるでしょ?」

「じゃあ、次にここに来る時は意識してみます。師匠の言葉は全部大切にしますからね、私」

半兵衛はもう一度欠伸をした。

乙女は半兵衛の誘いに乗ったふりをしてそう答えたが、どこか腑に落ちなかった。








半兵衛の体が元来弱く、その弱点を飄々とした態度と言動で交わし続けてきたこと。その振る舞いだけでは隠しきれなくなってからも軍師として陣中にあり続けたこと。軍師としての意地と誇りを乙女は思い知らされた。あれだけ昼寝が好きな彼であったが、次第に眠るのが怖いと漏らすようになったことをよく覚えている。

「乙女」

「なんですか、官兵衛殿。私を心配する必要はありませんよ」

「そうか。半兵衛は卿のことを頼むと私に言った。唯一の弟子だから遺していくのが辛いと言っていた。……面倒なことを押し付けられたものだと思っていたが、無用なことだったか」

「無用ですよ。……師匠が私のことを大事にしていたなんて、思いたくないですし」

「以外だな。もう少し打ちひしがれているのかと思っていたが」

本当に半兵衛の死に心を痛めているのは、きっと官兵衛のほうだ。そうでなければ、わざわざ彼は自分を訪ねたりなんてしない。乙女はそう思いながら、感情の起伏が見えないまま淡々と話す彼の横顔を見ている。

「じゃあ、一つだけ。師匠は、生まれ変わったら何になりたいって仰っていましたか? 多分、師匠は私よりもあなたのこの先のことを気に病んでいますよ」

「生まれ変わったら……? なぜそのようなことを」

「理由なんてありませんよ。ただ私が前に進むために必要かな、と思っただけです」

官兵衛は考える素振りをした。言うか言わまいか、それだけを悩んでいるようだ。嘘を吐こうとしているようには見えない。

「……光になると」

「光?」

「光になって私を見守ると言った。私よりも見守らねばならぬ人間が傍にいるというのに。自らはそれを履行せず、私に丸投げする。半兵衛しいとも言えるが、卿は……」

官兵衛の横顔は、心做しか乙女を憐れんでいるようだった。人に好悪を抱かず、常に冷徹で情に左右されることのない男にしては珍しいものだった。

「いいんですよ。私は弟子ですらないのですから」

「…………」

猫に生まれ変わりたい、なんていうのはその場任せの言葉の綾だ。本当は官兵衛の言っていることが正しいのだろう。

何となく、そんな気はしていた。半兵衛はああ見えて、自分の為に生きるのではなく、志を託した他人のために生きることだけを望んでいるような人なのだ。猫よりも光のほうがよっぽど半兵衛らしい。万民を平等に照らすことができるのだから。そして、その光の焦点は官兵衛にある。乙女ではない。

何も、疑念を抱くことはない。

「じゃあ、一つだけ。師匠に免じてお願いがあります。いいですか」

「一つだけ、ならな」

「もし捨て猫を見つけたら、半兵衛って名付けてあげてください。私が引き取って、責任持って育てますから」

「奇怪なことを言うものだ」

「私が見つけてもそう名付けますけど。でも、できれば官兵衛殿が見つけてほしいなって」

「……善処はしよう」

(20251006)
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