頑是ない子としての君
※2の世界線=武蔵は西軍→豊臣軍。武蔵の章江戸城の戦いの話


戦いは終わる。そう思っていたのは武蔵だけではなかった。なかっただけに、主家の為に殉じようとした兼続の策は彼らを苦しめた。

江戸城に火を掛けるとは、思い切ったことをするものだ。兼続は頭の良い男で、友人である幸村にも多大な影響を与えたということを武蔵は知っている。

頭の良い人間が考えることは、はっきり言うとよく分からないものだと武蔵は思う。だが兼続の中に罪の意識と、それを感じていながらも自分達に寝返る訳にはいかないのだという気概は伝わってきた。男の目は光を灯していなかったが、炎が反射して揺らめいていた。その揺らめきは、心の揺らめきだったのかもしれない。

心が揺れているうちは、勝てるはずがない。兼続にとどめを刺したのは武蔵だった。幸村にさせるくらいならばと思ってのことだったが、炎の渦は兼続の死などもろともせずに広がるばかりである。結局は細かいことを考える時間もなく、時の流れに従って行ったことに過ぎなかった。

兼続をどうにかして終わる戦ではない。徳川という大軍を相手にしているのだ。早くこの城から抜け出さなければ。脱出までの道筋は見えているが、油断はできない。

そう思って火の粉を振り払いながら武蔵は歩いていると、不意に後ろの方に気配を感じた。右手に持っていた太刀で薙ぎ払う。後ろには誰もいない。だがその勢いのまま振るった左手の脇差は短刀に塞がれた。武蔵の力ならそのまま押し勝つのは容易だったが、手を止める。

「……あんた、上杉の」

そこにいたのは、見覚えのある女だった。手を止めた隙に後ろに退いた女が懐から苦無を投げる。武蔵は避けたが、それ以上女に刃を向ける気にはならなかった。

「あたしを殺さないわけ」

敵であることには違いない。自分を殺そうとしているのならば尚更だ。それでも武蔵は彼女に殺意を向けることができなかった。

どういう目的なのか今となっては特に知りたいとも思わないが、この女は度々武蔵達を尾行し、常に何かを狙っているようだった。もしかすると兼続が指示していたのかもしれない。幸村たちが徳川に攻め入ろうとすることくらい把握しているはずだったからだ。

だが武蔵にその気配を勘づかれているという時点で、女の忍びとしての能力は低いということは確かだ。幸村は彼女のことを知っている素振りを見せていたから、かつての戦友だろうと察しはついた。ただそれだけのことで、はっきりと女の表情を間近で見たのは今が初めてだった。

殺そうと思えば、簡単に殺すことができる。兼続と同じだ。彼と同じように、揺れているのだと思った。だがその揺るぎは、かつて語った義と現実の矛盾に打ちひしがれた男とはまた違う気がする。

「あんたは殺さねえから、早く逃げろ。やり合っている暇はねえ」

女の目つきが変わった。

「兼続サマを殺したのはお前でしょ、ついでにあたしも殺しちゃえばいいのに、武蔵さん。その人殺しの刀で」

挑発のつもりなのだろう。今までの動向からして彼女は優れた忍びとは言い難い。だが武蔵の持つ思想や言動はある程度理解しているらしい。刀は人殺しの為のものではないという思想を否定することで、殺意を呼び込もうとしているのは明白だった。

最も、そのような見え透いた挑発は何度も経験済みであるし、それくらいで動じる彼の精神力ではない。

寧ろ、彼女のその言動に隠された真意のほうが武蔵を揺さぶった。

「あんたは自分にとどめを刺せねえからそうやって俺を煽ってるだけだ。兼続に殉じる手段として俺の刀を使おうとしている。そんな思惑には乗らねえ」

自刃する勇気も、ここから逃げて彼の者の意志を受け継ぐ気力も残っていない。だがどちらを選択させるのかとなれば、後者を選ぶしかない。そうでなければ、人を活かすとは言えないだろう。

「……お前、皆が言うほど馬鹿じゃないのね。単純だから、兼続サマの所に送ってくれると思ったのに、」

主に殉ずることもできずにいる彼女を活かすには。ふいに燃え落ちる柱が女の頭上に迫る。

武蔵の放つ太刀筋は柱を両断し、女の真後ろに落ちる。火の手はいよいよ間近にあった。

女は何かを言いたげに武蔵を見つめるが、結局何の言葉も出てこなかった。

それでいい。

本来ならば本気で恨まれてもおかしくない立場であるし、彼女の無言の訴えは、「早くここから連れていけ」と言っているようにも見えた。

敬愛する主に殉じることが勤めだと頭では分かっていても、本能はただ生きたいのだと叫んでいる。何らおかしいことではない。

武蔵には、立場のある人間の考えることを全て理解することはできない。しかし、自分たちがこの戦を終わらせなければいけないということははっきりと理解できている。戦が終わった暁、用無しとなるであろう刀を活かす道を探さなければいけないように、彼女も生きる手段を探さなければいけない。

それでも、幸村達といれば答えが見つかる気がするのだ。彼女もそうなることを願うばかりである。

「こんなところにいても話は進まねえ。……まずは幸村に会わせてやるから」

「あたし、あの人にもひどい言葉を浴びさせるかもしれないよ」

「あいつはそれくらいじゃ折れねえよ」

「……そうかな」

武蔵は、女の名前すら知らない。ここで捨ておくことさえできた。それでも女を活かしたかったのは、泰平の時代には無用のものとなる己の未来を女の未来と重ね合わせてしまったからだ。



「戦いが終わったら、剣術でも教えてやろうか」

「何それ。乗じてお前を殺しちゃっても知らないから」

「そのくらい元気があるやつじゃないと、俺の相手は務まらねえな」


戦いはまだ続く。城の外の喧騒は止まない。ふと武蔵が振り返ると、女はどこかに姿を消していた。それでも彼女はきっと、もう死を選ばないだろうという気がする。自分に都合が良すぎる妄想かもしれないと自嘲しながら武蔵は思った。

名前くらい聞いておけば良かった。幸村に聞けば分かるだろうかと思いながら、再び刀を構えた。

(20250425)
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