ながくながく尾を引いて
花見の時期だから桜を見に行こうと兼続に提案した乙女は、分かりやすく不快感を顕にした彼に対して何と言えばいいのか分からなくなった。
変に強情な部分があるから、こうなれば彼の言うことを聞いた方が話は早い。だが花見に行きたくないという理由が「桜が嫌い」であるということを知った乙女はますます何も言い出せなくなった。
「……どうしてですか。せっかくの機会なのに。早くしないと全部散ってしまいますよ。というかもう散り始めてます。兼続殿が誘ってくれると思っていたから待ってたんですよ」
「散り始めている今だからこそ、私は誰とも桜を見に行く気にはならないだろうな。それが例えお前の願いだったとしてもだ」
「何を言っているのか分かりません」
武士たるもの茶器に金を掛けるとはどうたら、と兼続が悪態をついていたことは覚えているが、まさか桜に対してもその気持ちが向けられているのだろうか。
桜ぐらい一人で見に行けば良いかと思った矢先、むっとしたままの兼続が口を開く。
「桜は散るからこそ美しい、散っている姿を見るのが好きだ、などという輩は多いが、私は桜のそう言った性質が受け入れられん。一体誰が言い出したのだ? 妄想でしかないだろう」
「はいはい、分かりましたから」
話が長くなりそうだったので、さっさと話を切り上げるに限る。不毛な言い争いは望むところではないに決まっているのだ。
桜が嫌いだという兼続のことを想って、乙女はそれから一度も花見の提案をしなかった。
彼特有の思想に基づいた結果、桜の美しさは特段美しいものではないという結論に至っただけなのだろうと特に深く考えることもなかった。
しかし、後になってなぜ彼があんなことを言い出したのかをはっきりと乙女は理解することができた。
主君に殉じる人間も、最後まで諦めずに抗い続けた先で夢と共に砕けた人間も、自らの輝く様を遺そうともがき散った人間も。
多くの人間を見届けてきた。それをより重く感じているのは兼続のほうだ。
散ることを肯定的に捉えている人間のなんと多いことだろう。
塞ぎ込み、それでもなお立ち上がる決意を固めた兼続の隣にいると、この世の惨さを改めて思い知れた気がする。散ることは美しいことではない。
そうせざるを得ない状況であったとしても。遺された幹の痛みを、花は知ることはない。
乙女はその痛みを持ったまま、乱世とは程遠い世に生を受けた。
兼続はというと。乙女とは相変わらずの関係性で、どちらかというと振り回される側にある。愛されているがゆえのものであるし、時を経ても彼の隣にいれることは幸せなことであるに違いない。しかし、それ以上のことは追求できていないままだった。
だから、今もなお桜を見ようとは軽々しく言えなかった。
「乙女」
「……なあに」
後ろから抱きすくめられる。乙女は首元から回された兼続の腕に触れた。
「桜を見に行こう」
思わず、触れているだけだった腕を強く掴んだ。呼応して、兼続の抱きしめる力も強くなる。鼓動が早くなって、あの頃の記憶が猛烈に襲ってくるような感覚に襲われた。
そのまま、乙女は兼続の提案を否定することも肯定することもすぐにはできなかった。
声を出せば、腕を離せば。涙を流していることが悟られてしまうからだ。
「私は、お前と再び会えたことは運命のほかあるまいと思っている。この縁を大切にしなければなるまい。だからこそだ。あの時できなかったことも、今なら……今の私なら、できる」
この距離でないと聞こえないようなか細い声で、乙女は賛同の意を示した。
「ありがとう。お前がいて本当に良かった」
兼続の発した言葉の響きは。あの夏の終わり、乱世の終わりに聞いた彼の声と言葉を思い出させるようだった。
今年の桜は、散る姿もよりいっとう美しいだろう。
(20250406 )