クリスマスの話
12月24日。いわゆる、クリスマスイブの日。クリスマスの名に相応しく、雪が降っていた。しかしながら、乙女の表情は暗い。

「イルミネーションもない、クリスマスツリーもない……」

乙女はぶつぶつと呟きながら、冷たい畳をごろごろと転がり回った。傍に姿勢よく座っている小十郎が何やら小言をぶつけているが、乙女は聞く耳を持たない。

「それに寒い! 寒すぎにも程がある! 」

ストーブなどという便利なものは存在しない。乙女は小十郎が薄着と裸足で過ごしていられることが信じられなかった。

現代からやってきた乙女が伊達家で過ごすようになってから初めての冬。冷房のない夏も、暖房のない冬も乙女にとってはまるで地獄のような苦しみだ。

「せめてケーキが食べたいよ~! ケーキ! こんなに毎日頑張ってるのに……ケーキ! 食べたい!」

クリスマスなのにクリスマスらしいことをしないなんて! と乙女は文句が止まらなかった。仕方がないことなのだ、ということは当然理解している。それでもケーキすらこの世界には存在しないというのは乙女にとって耐え難い出来事であった。ただでさえ慣れない食事を日々食べているのに、と乙女の悲しみは止まらない。

「無いものをねだられても、無意味にございます」

小十郎は乙女を静かに制した。小十郎はクリスマスも、ケーキも、何のことやらさっぱりである。ただなんとなく、南蛮に由来するものなのだろうと思う程度だ。乙女の口から未来では当たり前になっている文化の話を聞いてはいるが、実現できないものは実現できない、ただそれだけの事なのだ、と思っているらしい。

「酷いなあ小十郎さんは……そんなの私だって分かってるけど、ケーキ食べたいの!」

立ち上がって乙女は小十郎の眼鏡をひったくった。それまで凛としていた小十郎は威勢を無くし、情けない声で「眼鏡、眼鏡……」とぼそぼそ呟いた。

この眼鏡をどうしてやろうか。外にでも投げてやろう。乙女がそう思って障子を開けると、目の前に居たのはとある人物だった。

「うわっ!」

「乙女! あと少しで衝突するところではないか、馬鹿め!」

障子の向こう側に居たのは政宗だった。乙女は驚いて持っていた小十郎の眼鏡を床に落とす。思いのほか勢いよく跳ねた眼鏡の音を頼りに、小十郎は眼鏡を手探りで探した。

「政宗さん! 丁度いい所に! 私、ケーキ食べたい! せっかくのクリスマスなんだから!」

南蛮文化に興味があるらしい政宗は、乙女の話す異国の話や、現代の話にも良く耳を傾けていた。政宗が乙女を手元に置いているのはそう一面を好ましく思っているのかもしれない。

実際、クリスマスの話は政宗にも良く話していた。彼女の話すクリスマス観というものは現代日本のものであり、この時代のキリスト教徒のそれとは当然ながら違う。政宗がどこまでそれを理解しているのかは乙女にもよく分からないが、とにかく乙女的には美味しいものを食べればそれで満足なのだ。

「……そうじゃ。そのけーきとやらについてなのだが……材料はなんじゃ」

政宗はやけに深刻な表情で、乙女もそれに釣られ顔が険しくなる。

「生地は小麦粉で……生クリームっていう、牛乳から作られるものを周りに塗る感じ……かな」

乙女がちらりと小十郎を見ると、既に眼鏡を掛けて鎮座していた。次こそぎゃふんと言わせたいものだと乙女は思う。

「牛乳……と申したな。乙女は、牛乳を好むのか」

「え……? まあ、昔は良く飲んでたけど」

政宗はやけに苦しそうに顔を歪めた。

「乙女。牛乳などという飲み物はな、体に毒じゃ。それに牛をわざわざ飼う人間など、おらぬ」

牛乳って、牛って……そんな酷い扱い受けてたの、と乙女は口には出さないが思った。現代だと子どもは毎日牛乳飲んでるけどなあ。健康にいいはずなのに……と言ってしまいそうだったが、ここで下手に喋ると面倒なことになりそうで、辞めた。政宗が毒というのなら、毒なのだ。

それよりも乙女にとって重要なのは、料理好きで有名な政宗であってもケーキは作れないということだ。南蛮文化に興味がある政宗が、である。

「ええ~。牛飼ってないの? 確かに馬しか見ないもんね……じゃあ結局ケーキ食べれないじゃん!」

乙女は再び騒ぎ出す。相変わらず小十郎は落ち着いていたが、政宗は珍しく乙女の挙動に慌てていた。

「少しは落ち着かぬか、馬鹿め……むう……」

確かにこの世界に来てからというものの、乙女は牛肉を食べたことも牛乳を飲んだこともなかった。材料や料理の腕前に関わらず、ケーキを食べることは不可能だったらしい。同じ日本でも、価値観の変化というものは甚だしいものだったのだ。

「今まで毎年ケーキ食べてたのにな~。せめて甘いものでも食べた……」

「それじゃ!」

乙女が言い終わるのを待たずに、政宗は大声を上げた。流石の小十郎も驚いたようでずれた眼鏡の位置を元に戻している。

「貴様、甘いものが食べたいと申したな。今からわしは菓子を作りに行く! 小十郎も手伝え!」

「……仕方ありません」

政宗と小十郎は慌ただしい様子で乙女の前から去っていった。乙女は返事をする猶予すら与えられずに、ただただ立ち尽くす。

「まあ、いいか」

素直ではない政宗なりに、乙女の要望に応えられないことに対して思うところがあったのだろうか。

後でお礼をちゃんと言おう。乙女は一人残された部屋の中でそう感じた。

「政宗さんの料理は、何でも美味しいし」

大量のずんだ餅や、南蛮の商人から手に入れたというカステラが乙女の目の前に運ばれるまで、あともう少しの時間が必要だった。

(20231219)
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